講演会報告:中村医師とペシャワール会(2)
投稿者: etranger3_01 投稿日時: 2001/11/20 10:38 投稿番号: [118157 / 177456]
●活動地域についてのおさらい
200人強をオーバーした人員収容のために30分遅れてやっと講演会が始まり、ステージの端から中村医師がひょっこりと姿を現した。威風堂々とはおよそ縁がないように見受けるその風貌からは、先生の人柄の良さと優しさがにじみ出ているようであった。先生が登場したと同時に割れんばかりの拍手が会場を包む。特に、目の前のステージの九割を掌握して体育座りしている珍妙な集団からのピンポイント拍手は、中村先生の耳をつんざくほどだったに違いない。先生は笑みを称えながらも、すこし苦笑した。でもそれは照れ隠しのようでもあった。もうこの時点で確信していたのかもしれない。「この人は本物だ」と。
中村先生の講演は、まずアフガニスタンについての認識の整理から始まった。ペシャワール会がなんであるか、なぜ発足したのかという経緯よりも、まずアフガニスタンについて正しい知識を得てもらうことが先決だったからだろう。先生はぼそぼそと、静かに語り始めた。
先生は、ペシャワールは北西辺境州の州都で、このペシャワールは政治的にはパキスタン寄りで文化的にはアフガン寄りであるが実質的な”文化的国境線”はないと語った。しかも、実際に物理的な故郷線もないそうである。スライドでカイバル峠を見せてくれたのだが、乾燥しきったまさに荒地で、RPGゲームにでも出てきそうな、この世のものとは思えない、少し神々しいくらいの光景だった。このカイバル峠が、実質ペシャワールとアフガンを隔てている唯一の”物理的”国境線といえるものらしく、そこには検問も有刺鉄線もなにもない。人々はここを伝って、パキスタンとアフガニスタンを実質的に自由に行き来できるのである。
アフガニスタンの雨量が日本の約1/200で、冬は氷が張り、夏は気温が40度を超えるらしい。まさに岩石砂漠地帯。住民の95%が農民や遊牧民族で、ヒンズークッシュ山脈の雪解け水を使って農業が営まれているらしい。先生曰く「金がなくても生活できるが雪がないと生きていけない」そうだ。ゆえに、最近は雪山が消えたために干ばつになる地域が広がっているという。
こうした農民たちの生活の中心にあるのがイスラム寺院であり、その寺院の長老たちによって運営される”ジルガ”(自治組織)という、日本の隣組を大きくして三権すべてを委譲したようなものが、実質的に村村を治めている。この中では慣習法が大きな力を持っていて、村には警察が存在しない。イスラムの「目には目を」の精神で、殺人をやったら殺され、婦女暴行も住民たちによる死刑となるため、犯罪を防ぐ抑止力として働いていると考えられているようだ。この組織は対旧ソ連のアフガン戦争で結成されたもので、タリバン義勇兵などはこの出身であることが多いそうだ。
このような独特の法秩序があるなか、地域の経済は所によってはバーター(物々交換)経済で成り立っているところもあるという。こういった背景があるのに”グローバリゼーション”などといっても無理な話で(というところで笑いを誘った)、”国際貢献”などという視野で何かをすれば喜ばれるわけでもない。だから、信頼関係を築き上げるのに「えらい時間がかかった」そうだ。もちろんバーター経済で生活を営んでいるのは貧困層で、貧富の差はますます拡大しているとう。日本の水準の医療を施そうとしても、現地ではそれが保たれない。技術を教えても頭脳は国外に流出してしまうからだ。
こういった地域で、中村先生は「18年間一緒にオロオロしてきた」のだと、まったく屈託のない笑顔で言い切った。ほんと、「オロオロ」が似合う人である。
報告の詳細はこちらから(だいぶ参考にさせていただいてます)
「何度でも中村医師講演会記録前半(11/17)」by monaさん
http://www2s.biglobe.ne.jp/~racket/keijiban.htm
訳/文責: etranger3_01(連絡/詳細は上記の投稿者名からどうぞ)
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国際刑事裁判所(ICC)を実現させましょう!
(^o^y←Peace For Action!(行動する者にピースを!)
200人強をオーバーした人員収容のために30分遅れてやっと講演会が始まり、ステージの端から中村医師がひょっこりと姿を現した。威風堂々とはおよそ縁がないように見受けるその風貌からは、先生の人柄の良さと優しさがにじみ出ているようであった。先生が登場したと同時に割れんばかりの拍手が会場を包む。特に、目の前のステージの九割を掌握して体育座りしている珍妙な集団からのピンポイント拍手は、中村先生の耳をつんざくほどだったに違いない。先生は笑みを称えながらも、すこし苦笑した。でもそれは照れ隠しのようでもあった。もうこの時点で確信していたのかもしれない。「この人は本物だ」と。
中村先生の講演は、まずアフガニスタンについての認識の整理から始まった。ペシャワール会がなんであるか、なぜ発足したのかという経緯よりも、まずアフガニスタンについて正しい知識を得てもらうことが先決だったからだろう。先生はぼそぼそと、静かに語り始めた。
先生は、ペシャワールは北西辺境州の州都で、このペシャワールは政治的にはパキスタン寄りで文化的にはアフガン寄りであるが実質的な”文化的国境線”はないと語った。しかも、実際に物理的な故郷線もないそうである。スライドでカイバル峠を見せてくれたのだが、乾燥しきったまさに荒地で、RPGゲームにでも出てきそうな、この世のものとは思えない、少し神々しいくらいの光景だった。このカイバル峠が、実質ペシャワールとアフガンを隔てている唯一の”物理的”国境線といえるものらしく、そこには検問も有刺鉄線もなにもない。人々はここを伝って、パキスタンとアフガニスタンを実質的に自由に行き来できるのである。
アフガニスタンの雨量が日本の約1/200で、冬は氷が張り、夏は気温が40度を超えるらしい。まさに岩石砂漠地帯。住民の95%が農民や遊牧民族で、ヒンズークッシュ山脈の雪解け水を使って農業が営まれているらしい。先生曰く「金がなくても生活できるが雪がないと生きていけない」そうだ。ゆえに、最近は雪山が消えたために干ばつになる地域が広がっているという。
こうした農民たちの生活の中心にあるのがイスラム寺院であり、その寺院の長老たちによって運営される”ジルガ”(自治組織)という、日本の隣組を大きくして三権すべてを委譲したようなものが、実質的に村村を治めている。この中では慣習法が大きな力を持っていて、村には警察が存在しない。イスラムの「目には目を」の精神で、殺人をやったら殺され、婦女暴行も住民たちによる死刑となるため、犯罪を防ぐ抑止力として働いていると考えられているようだ。この組織は対旧ソ連のアフガン戦争で結成されたもので、タリバン義勇兵などはこの出身であることが多いそうだ。
このような独特の法秩序があるなか、地域の経済は所によってはバーター(物々交換)経済で成り立っているところもあるという。こういった背景があるのに”グローバリゼーション”などといっても無理な話で(というところで笑いを誘った)、”国際貢献”などという視野で何かをすれば喜ばれるわけでもない。だから、信頼関係を築き上げるのに「えらい時間がかかった」そうだ。もちろんバーター経済で生活を営んでいるのは貧困層で、貧富の差はますます拡大しているとう。日本の水準の医療を施そうとしても、現地ではそれが保たれない。技術を教えても頭脳は国外に流出してしまうからだ。
こういった地域で、中村先生は「18年間一緒にオロオロしてきた」のだと、まったく屈託のない笑顔で言い切った。ほんと、「オロオロ」が似合う人である。
報告の詳細はこちらから(だいぶ参考にさせていただいてます)
「何度でも中村医師講演会記録前半(11/17)」by monaさん
http://www2s.biglobe.ne.jp/~racket/keijiban.htm
訳/文責: etranger3_01(連絡/詳細は上記の投稿者名からどうぞ)
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これは メッセージ 117902 (etranger3_01 さん)への返信です.
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