>自分自身
投稿者: matwo_5656 投稿日時: 2001/11/18 03:28 投稿番号: [117599 / 177456]
>>宗教を信じる人にとって、異教徒は脅威なのでしょうね。
>最後の文がちょっと引っかかります。
実を言うと最後の文をつける時、ちょっと悩んだんですよ。
なんかおかしいからいらないかなって。
それを指摘していただいたので、納得です。
宗教を信じる人にとって、というよりも、
支配する人にとって邪魔なんですよね、異教徒は。
>日本人の多くの宗教に対する態度を見ていると
>やはり自分たちが持たないものを持っている人々への
>恐れや警戒感、コンプレックスが滲み出ているように思います。
実はそうなんでしょう。
否定できません。
自分に無いものを持ってる人は不可解に見えますから。
幸せそうに見えたら尚更です。
宗教に限らず、趣味やファッションなんかでもそうです。
>「自分は何ものにもとらわれていない。」と言う人程、
>自分を縛っているものについて無自覚な人はいません。
宗教を持たないと思っている日本人も、
実は宗教を持ってるんだと思います。
それは自分の価値観であり、行動様式であり、判断基準だと思います。
様々な事柄が形を変えて生活に浸透しており、
宗教とは無縁のように思われていますが、
「日本教」なるものがあるのかもしれません。
年賀状を出すというのも宗教かもしれません。
約束の時間に遅れないようにするというのも宗教かもしれません。
経典がなくても生きていくのに困らないので、
宗教とは思っていないだけでしょう。
実際調べてみると、いろんな宗教の教義の中には、
何気なく実践してるものもたくさん書いてあるでしょうね。
>大部分の人がとらわれている多くのものから自由になった自分と
>それでもなお自分を縛っているものを誰よりも強く認識している自分でした。
人は皆、必ず何かに縛られてるんだと思いますよ。
これは メッセージ 117590 (m_15_41 さん)への返信です.
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