対米全面テロ

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おまけ(3)

投稿者: marchingpeople 投稿日時: 2001/11/14 17:54 投稿番号: [116500 / 177456]
  このように、最良の形を提示しておきつつ、各人が各人の環境や状況に合わせてその最良形に向かってベストを尽くせばそれでよしとする、寛容な側面を、イスラームという宗教は持つ。

  ベールにも同様な側面があり、ヒジャーブなりニカーブなりを被るのがベストであるとしても、被らない女性にも彼女なりの信仰の姿があると考える。そうであるから逆に、ベールを被るまでの位置に自分を置きながら、香水をぷんぷん香らせて歩く女性というのは、奇妙に見られる。そもそもそれは、男性を誘惑しないためというベール着用の目的に矛盾する行為でもある。
  そんなわけで、ベールを被っているかどうかとか、どんなベールを被っているかという のは、彼女たちの生活の一部分でしかなく、それだけで彼女たちの信仰心や思想をうんぬんすることはできない。ましてや、ベールを被っているから「原理」主義者だ、過激だと決めつけるのは論外だ。

  またイスラームの柔軟性は、近代化への対応という面にも生かされる。聖典クルアーン の時代にはなかった事物、あるいはその時点ではイスラームが出会っていなかった遠隔地域の事物、また預言者ムハンマドが想定しなかった事態に遭遇するたび、イスラームの法学者たちはクルアーンの字句を慎重・精密に検討し、イスラームの精神に合致する形での 対処方法を模索し決定してきたのである。クルアーンおよび預言者ムハンマドの言行の記録を、必ずその基礎に置きながら、イスラームは1400年を経てなお、人々の間に生きた宗教、生きた生活指針として存在しつづける。
  これに対して、いわゆる「原理主義者」と呼ばれるテロリストなどは、イスラームの本来の姿から逸脱したもの。イスラームの名を借りた別種の政治思想を、厳格でありながらも同時に柔軟さと寛容さをもあわせもっている本来のイスラームと同一視してはならないはずである。
  ベールを被ったイスラーム教徒の女性たちは、そのベールの下にそれぞれの信仰の姿を守っている。そうした個性を無視し、十把ひとからげに、敬虔であるとか、あるいは原理主義であるとか、単純に決め付けることはできない。
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