血塗られた攻防の歴史,虐殺,報復
投稿者: x_file_molder 投稿日時: 2001/11/10 21:33 投稿番号: [114723 / 177456]
【イスラマバード10日
共同=沢井俊光】
アフガニスタンの反タリバン勢力、北部同盟が9日、タリバンから奪回した
同国北部の戦略的要衝マザリシャリフは、過去4年間で2度、同盟軍とタリバン軍が
激しい攻防戦を展開、住民を含む一万人近くが虐殺されるという血塗られた歴史がある。
最初の攻防は1997年5月。前年に首都カブールを支配したタリバンは、
天然ガス資源を有する北部を制圧しようと、同盟側の最後の本拠地だった
マザリシャリフに一気に攻め込んだ。
しかし、南部のパシュトゥン人主体のタリバン軍は、武装解除に抵抗したハザラ人ら
住民の激しい反乱に遭遇。迷路のような路地に追い込まれたあげく、家の中から
銃弾をあられのように浴びて、6百人のタリバン兵が死亡した。
同盟側の捕虜になった数千人が生き埋めなどの方法で虐殺され、この中には
ガウス外相ら当時のタリバン政権幹部も含まれていたとされる。
98年7月、体制を立て直したタリバン軍は再びマザリシャリフへ進攻した。
ウズベク人司令官たちをわいろで寝返らせて同盟軍を分断し、ハザラ人部隊を
総攻撃。前年の復しゅうを果たそうと、住
民を無差別に殺害。生皮をはぐなどの
方法で虐殺された被害者は国連の推定で5千〜6千人に上った。
ハザラ人グループは同じシーア派イスラム教国であるイランの支援を受けており、
タリバンはマザリシャリフのイラン総領事館を襲撃、イラン人外交官を射殺した。
このため、イランは軍をアフガン国境に
集結させ、タリバンとの戦闘開始寸前の事態にまで至った。
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やはりね。虐殺行為はタリバンだけではないんですよ。国連報告は一部だけを
切り取ったもの。宗派、民族、支援する国が入り乱れての内戦状態なので、片方だけが
正義と云うことは無いのです。
これは メッセージ 108312 (x_file_molder さん)への返信です.
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