対米全面テロ

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hal1004さん

投稿者: chao_zoo 投稿日時: 2001/11/01 23:13 投稿番号: [110263 / 177456]
  「徴兵」に関わるかどうかわかりませんが、まずは一つ。
  僕が自ら進んで暴力を選ぶ唯一のケースがあります。日本が外国に侵略された場合です。ただの一般民間人ですが、身の回りのあらゆるものを武器にして、その時は戦います。プロの軍人にはかなわないでしょうけどね。

  それは置くとしまして、「テロリストと交渉すべきでも、交渉の余地を与えるべきでもない」という原則は理解しています。実は僕自身数回、ここで書いています。「テロをやってみる価値があると思わせてはならない」、と。ですから、例えばハイジャック犯などを問答無用で殺す国際社会の常識を、僕は肯定します。
  しかし「戦争」となるとコトは微妙にちがってくるはずです。避けがたく無辜の市民を巻き添えにせざるをえないのですから。戦争は現実の様相から言っても、国際法の規定から言っても「ネゴシエーション(交渉)」の尽きる果てまで行った上で始められねばなりません。けれどブッシュ大統領は最後まで言っていました。「No negotiation(交渉はしない)」と。

  アフガニスタンにはタリバン兵士だけでなく女性も子どもも老人もいます。それを考えると、どうせ喩えるならば「問答無用で殺す」ハイジャックよりも、人質をとられている「誘拐」や「立てこもり」の方が近いように感じます。「ネゴシエーター」という映画がありましたでしょう?   フォーサイスの小説もあります。こちらだと交渉が重要な役割を果たします。
  にもかかわらず「交渉はしない」…。
  やはりここにも「新しい戦争」という観念が持つ欺瞞性、曖昧さの危険性が覗いているように思います。警察の仕事と軍隊の仕事の境目を曖昧にし、その一方で恣意的に「ハイジャック基準」を適用する、という。

      *

  革命についてですが。
  matwo5656さんの指摘にもあるように、単なる無差別大量殺傷テロと革命は区別できる部分はありそうです。
  しかしそれを考えに入れても、実際のところ革命に伴う混乱と流血というのは、その美名で隠しきれるものでないこともたしかなのです。フランスでもロシアでも、この場にはとうてい書けないような残虐行為がなされていたのですから。

  それを考えると、少なくとも積極的に革命を賛美する気にはなれません。熱烈な支持もできません。ただ「歴史的事実」として不承不承「容認」するという程度でしょうか。
  ただ、そのように「犠牲の上に秩序が建設された」と考え、死者たちを秩序へ向けた物語化の中に解消してしまうのも、レヴィナスが嫌悪したような「死者たちの物語を簒奪する」暴力になるでしょう。
  政治的な意義、歴史的な意義を語る美しくはあっても欺瞞的な言葉で立ち止まるのでなく、その背後に隠された一人一人の死を思えば、どのような美名を与えられたものであれ、暴力は唾棄すべきものです。

  同じことは、今アメリカがやっている戦争にもあてはまるでしょう。
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