人口増加という爆弾
投稿者: koukotsuNoHito 投稿日時: 2001/10/22 07:30 投稿番号: [102780 / 177456]
「ワールド・ウオッチ」日本語版 http://www.ikari.co.jp/worldwatch/
2001年7・8月号 pp.56より
「敢えて人口増加という爆弾を提示〜本当の被害は60年ほど前に始まった〜」
今から33年前の1968年、ポール・エーリッヒは「人口という爆弾」という自書の中で、世界に警鐘を鳴らした。今なら、その爆弾がいつ爆発したかを見極めることも含め、歴史的視点からとらえることが可能である。そこで爆発とそれに伴って発生した被害を、徹底した客観性をもって確認する作業に取りかかろう。
多くの人口学者は、1990年代に入ってようやく、エーリッヒのメッセージが基本的に正しいことに気づき始めた。1991年、クリーブ・ポインティングは、その名著"A green History of the World"の序文を次のような言葉で始めている。「そこに山があるから登るという人がいるように、そこに本がないから自分は書いていると気づく者もいる」。この本はたしかに先駆的で、出版以前は、人間が環境に与える影響を正確に把握していた人は、ほとんどいなかった。
その2年後の1993年、生物物理学者のヴァクラフ・スミルは、「私たちは少なくとも、現代文明の存続を脅かしつつある環境変化の深刻さに気づき始めている」と書いた。そして、地球上で進行している重大な変化の範囲を特定し、「これらの変化は、3つの大きなカテゴリーに分類できる」と記した。その3つとは、自然界の重要な資源やサービスの利用可能性の低下、大気組成の変化、生物の多様性の消失である。これらを重要度でランク付けするのは不可能だが、大気組成の変化を見れば、人口という爆弾の爆発時期を特定できるのでまずこれを最初に取り上げる。
1990年、世界は、化石燃料の燃焼やセメント生産で、1人当たり約4.2トンの二酸化炭素を排出していた。1人あたり年間およそ64ギガジュールのエネルギーを使っていたことになる。この値は、90年の平均的なエネルギー使用量であると同時に、エネルギー平均使用量の下限として適正な水準である。
ヴァクラフ・スミルは、その証拠として、1人当たりの年間エネルギー使用量が50ギガジュールまで増加すれば、乳児死亡率が急激に低下することを図で示している。それ以降は、緩やかに低減していく。もちろん明確な転換点があるわけではないが、1人当たり年間64ギガジュール以下にするよう訴えるなら、乳幼児死亡率が1000人当たり15人を上回る事態を容認しなければならない。乳幼児死亡率がこの値より低いギリシャや日本、イギリスといった国では、エネルギー使用量が一人あたり年間64ギガジュールを超えている。もちろん相関関係が因果関係を示すものではないが、スミルは、高等教育を受ける機会に恵まれている(適齢に達している人口の20%)と、必然的に1人あたりの年間エネルギー使用量が70ギガジュールを超える事実も紹介している。乳幼児死亡率や教育機会などが一定の水準に達するには、最低限のエネルギーを利用できる環境が必要であるように思われる。
2001年7・8月号 pp.56より
「敢えて人口増加という爆弾を提示〜本当の被害は60年ほど前に始まった〜」
今から33年前の1968年、ポール・エーリッヒは「人口という爆弾」という自書の中で、世界に警鐘を鳴らした。今なら、その爆弾がいつ爆発したかを見極めることも含め、歴史的視点からとらえることが可能である。そこで爆発とそれに伴って発生した被害を、徹底した客観性をもって確認する作業に取りかかろう。
多くの人口学者は、1990年代に入ってようやく、エーリッヒのメッセージが基本的に正しいことに気づき始めた。1991年、クリーブ・ポインティングは、その名著"A green History of the World"の序文を次のような言葉で始めている。「そこに山があるから登るという人がいるように、そこに本がないから自分は書いていると気づく者もいる」。この本はたしかに先駆的で、出版以前は、人間が環境に与える影響を正確に把握していた人は、ほとんどいなかった。
その2年後の1993年、生物物理学者のヴァクラフ・スミルは、「私たちは少なくとも、現代文明の存続を脅かしつつある環境変化の深刻さに気づき始めている」と書いた。そして、地球上で進行している重大な変化の範囲を特定し、「これらの変化は、3つの大きなカテゴリーに分類できる」と記した。その3つとは、自然界の重要な資源やサービスの利用可能性の低下、大気組成の変化、生物の多様性の消失である。これらを重要度でランク付けするのは不可能だが、大気組成の変化を見れば、人口という爆弾の爆発時期を特定できるのでまずこれを最初に取り上げる。
1990年、世界は、化石燃料の燃焼やセメント生産で、1人当たり約4.2トンの二酸化炭素を排出していた。1人あたり年間およそ64ギガジュールのエネルギーを使っていたことになる。この値は、90年の平均的なエネルギー使用量であると同時に、エネルギー平均使用量の下限として適正な水準である。
ヴァクラフ・スミルは、その証拠として、1人当たりの年間エネルギー使用量が50ギガジュールまで増加すれば、乳児死亡率が急激に低下することを図で示している。それ以降は、緩やかに低減していく。もちろん明確な転換点があるわけではないが、1人当たり年間64ギガジュール以下にするよう訴えるなら、乳幼児死亡率が1000人当たり15人を上回る事態を容認しなければならない。乳幼児死亡率がこの値より低いギリシャや日本、イギリスといった国では、エネルギー使用量が一人あたり年間64ギガジュールを超えている。もちろん相関関係が因果関係を示すものではないが、スミルは、高等教育を受ける機会に恵まれている(適齢に達している人口の20%)と、必然的に1人あたりの年間エネルギー使用量が70ギガジュールを超える事実も紹介している。乳幼児死亡率や教育機会などが一定の水準に達するには、最低限のエネルギーを利用できる環境が必要であるように思われる。
これは メッセージ 102359 (koukotsuNoHito さん)への返信です.
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