Re: 日本の植民地主義の負け
投稿者: infomation_message 投稿日時: 2008/02/14 13:21 投稿番号: [39 / 188]
>>ソ連にはまったくその気はなくドイツはソ連に侵攻したのだから、国際情勢に恐ろしく無知だった日本のひとりよがり。
>だから?岡目八目ならなんとでも言える。
岡目八目というのは当事者以外の方が物事を正しく見れるという意味だが、正しいということでいいのだな?w
>当時の日本はそんなことは分からなかったろう。共産主義で世界を制覇するという意気込みだからな。
コミンテルンは共産主義を輸出して共産党政権を樹立するという活動だから、ソ連の武力侵攻計画じゃないだろ。
>>1931年当時、北伐は終了して満州は中国領だった。
>形式的にはだろ。
あとほかに必要なものがあるのか?
>>ソ連が満州に侵攻したら中ソ戦争になるが、それは中国とソ連の問題。
国際連盟は侵略と認定し、米英は中国側につく。
>ついても占領ということはあるだろう。毛沢東の共産党が勃興していた。
満州事変を起こすだけの軍事力があり、中国国民党軍はそれを上回っていたのだから、両方が組めばソ連と十分戦えるだろ。
>>朝鮮半島があぶなくなるなら、日本も中国側について一緒に戦えばいいだけのこと
>そう簡単にいくかどうか。ソ連と組んだ中国共産党。
中国国民党政権と共産党は対立していたし、国民党軍と日本軍の戦力の方が優勢だろ。
>>満州事変で日本は英米と対立し、ソ連はドイツのソ連侵攻で英米と同盟関係になって日本侵攻の大義名分を得たのだよ。
>岡目八目、結果論じゃどうしようもない。
岡目八目だから、傍目の意見の方が正しいということだな。
>>北欧が植民地を持った、あるいは、植民地になったという歴史的事実はないな。
>そんなこと関係ない。
「帝国主義か植民地か二択だった時代」というのは大嘘だということだよ。
>見返りに多くの譲歩を強いられてアメリカ市場も失ってしまい
>だって。
もともとアルゼンチンはヨーロッパとの貿易の方が多い。
アルゼンチンは戦前はヨーロッパなみの所得水準を持つ豊かな大国だった。
1820年の独立の時点ですでに一人あたり国民所得が米国や西ヨーロッパ12カ国の平均をやや上回る水準。1913年時点では所得水準は西欧12カ国平均を10%上回っている。イタリアから運ばれた大理石でオペラハウスが建設され、ブエノスアイレスは「南米のパリ」と呼ばれた。
イギリスの植民地とは到底言えないよな?
>地政学。北欧や南米は日本とは違う。
日本よりも北欧や南米の方が地理的関係で欧米列強の影響力が強いだろ。
>違うんだな。帝国主義的覇権主義的という意味では異質ではないということだよ。共産主義だろうが自由主義だろうが関係ねえよ。
国際連盟の時代に自由主義国で植民地獲得戦争をやった国際法破りの国はないな。日本など若干の例外を除いて。
>意味わかってねえな。帝国主義(弱肉強食、適者生存)の時代だよ。いまでも実質はそうだ。
当時の国際連盟の時代は植民地獲得が禁止された時代。現代は植民地は存在しない。
>最初から言ってるだろ。植民地属国か富国強兵(近代化、西洋化、帝国主義化)か二者択一。
だから明治時代の帝国主義の時代ですら、北欧諸国や南米諸国などそうではない国はたくさんあっただろ。
>シナ本土進攻に大反対していた石原莞爾とその一派が失脚したのも「やむを得ない」いきさつだ。
>と。やむを得ないにカッコしたのがわからんか。
回避派を失脚させた主戦派の植民地主義は、「やむを得ない」ではないだろ。
>だから?岡目八目ならなんとでも言える。
岡目八目というのは当事者以外の方が物事を正しく見れるという意味だが、正しいということでいいのだな?w
>当時の日本はそんなことは分からなかったろう。共産主義で世界を制覇するという意気込みだからな。
コミンテルンは共産主義を輸出して共産党政権を樹立するという活動だから、ソ連の武力侵攻計画じゃないだろ。
>>1931年当時、北伐は終了して満州は中国領だった。
>形式的にはだろ。
あとほかに必要なものがあるのか?
>>ソ連が満州に侵攻したら中ソ戦争になるが、それは中国とソ連の問題。
国際連盟は侵略と認定し、米英は中国側につく。
>ついても占領ということはあるだろう。毛沢東の共産党が勃興していた。
満州事変を起こすだけの軍事力があり、中国国民党軍はそれを上回っていたのだから、両方が組めばソ連と十分戦えるだろ。
>>朝鮮半島があぶなくなるなら、日本も中国側について一緒に戦えばいいだけのこと
>そう簡単にいくかどうか。ソ連と組んだ中国共産党。
中国国民党政権と共産党は対立していたし、国民党軍と日本軍の戦力の方が優勢だろ。
>>満州事変で日本は英米と対立し、ソ連はドイツのソ連侵攻で英米と同盟関係になって日本侵攻の大義名分を得たのだよ。
>岡目八目、結果論じゃどうしようもない。
岡目八目だから、傍目の意見の方が正しいということだな。
>>北欧が植民地を持った、あるいは、植民地になったという歴史的事実はないな。
>そんなこと関係ない。
「帝国主義か植民地か二択だった時代」というのは大嘘だということだよ。
>見返りに多くの譲歩を強いられてアメリカ市場も失ってしまい
>だって。
もともとアルゼンチンはヨーロッパとの貿易の方が多い。
アルゼンチンは戦前はヨーロッパなみの所得水準を持つ豊かな大国だった。
1820年の独立の時点ですでに一人あたり国民所得が米国や西ヨーロッパ12カ国の平均をやや上回る水準。1913年時点では所得水準は西欧12カ国平均を10%上回っている。イタリアから運ばれた大理石でオペラハウスが建設され、ブエノスアイレスは「南米のパリ」と呼ばれた。
イギリスの植民地とは到底言えないよな?
>地政学。北欧や南米は日本とは違う。
日本よりも北欧や南米の方が地理的関係で欧米列強の影響力が強いだろ。
>違うんだな。帝国主義的覇権主義的という意味では異質ではないということだよ。共産主義だろうが自由主義だろうが関係ねえよ。
国際連盟の時代に自由主義国で植民地獲得戦争をやった国際法破りの国はないな。日本など若干の例外を除いて。
>意味わかってねえな。帝国主義(弱肉強食、適者生存)の時代だよ。いまでも実質はそうだ。
当時の国際連盟の時代は植民地獲得が禁止された時代。現代は植民地は存在しない。
>最初から言ってるだろ。植民地属国か富国強兵(近代化、西洋化、帝国主義化)か二者択一。
だから明治時代の帝国主義の時代ですら、北欧諸国や南米諸国などそうではない国はたくさんあっただろ。
>シナ本土進攻に大反対していた石原莞爾とその一派が失脚したのも「やむを得ない」いきさつだ。
>と。やむを得ないにカッコしたのがわからんか。
回避派を失脚させた主戦派の植民地主義は、「やむを得ない」ではないだろ。
これは メッセージ 38 (mokeybrain2134 さん)への返信です.