Re: 日本の植民地主義の負け
投稿者: mokeybrain2134 投稿日時: 2008/02/13 17:04 投稿番号: [25 / 188]
>そんなソ連を三国同盟に引き入れて大連合を作ろうと松岡外相は構想していた。
基本的には生存するためにはなんでもあり。
>日本が満州に進出したらソ連との軍事衝突の可能性が増え、戦争になれば、日本本土侵攻の口実になるんだから、逆に危険なのだよ。
しなかったら満州はソ連領となり朝鮮半島もあぶなくなる。満州国建設でも軍事衝突はなかった(石原莞爾はそこまで読んでいた)。スパイの暗躍はあった。いずれにしてもソ連は脅威ということだ。
>「日本は帝国主義の国になるか植民地になるかの二択しかなかったというのは間違い」という話をしているのだよ。
地政学。北欧や南米は日本とは違う。
それに北欧も帝国主義下で侵したり侵されたりしていたのだろう。そして南米はもともとスペインやポルトガルの植民地。独立後も世界的帝国主義の風潮からはのがれられない。
たとえば、
>混乱と暴力の時代
(前略)
しかし、1929年の大恐慌はアルゼンチンのモノカルチャー経済を襲い、政治は不安定になった。翌1930年にイリゴージェンは軍事クーデターで追放された。 1930年に就任したウリブルはアルゼンチンにファシズム体制を築こうとしたがこれは失敗した。1932年にアグスティン・ペドロ・フストが大統領となると、伝統的な寡頭支配層の政治が復活した。国際協調を旨としたフスト政権は1933年にイギリスとのロカ・ランシマン協定で、どうにかイギリスのスターリング・ブロックに組み込んでもらうことに成功したが、見返りに多くの譲歩を強いられてアメリカ市場も失ってしまい、アルゼンチンはまるでイギリスの属国のようになってしまった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%BC%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%B3#.E8.A7.A3.E6.94.BE.E6.88.A6.E4.BA.89.E3.81.A8.E5.86.85.E6.88.A6
>まるでイギリスの属国のようになってしまった。
だって。ということで、
>社会主義革命を輸出する戦略の当時のソ連は国際社会では異質だからな。
ソ連異質論は通用しない。
>大陸侵略の目標がなければ、地政学的に不要。
まったくの東京裁判史観だな。なんのための日清日露か。
>損切りができないヘボ投資家と同じで、日本に大きな損失をもたらしている中国侵略事業から撤退できなかったのは、「やむを得ない」ではない。
岡目八目ではなんとでも言える。渦中にいる人間にはなかなか先は読めない。シナ本土進攻に大反対していた石原莞爾とその一派が失脚したのも「やむを得ない」いきさつだ。
これは メッセージ 24 (infomation_message さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/bgel0a1c0oaha1a2bcba4offckdca4obea1a4ca4bfa4na4ga4oa1a9_1/25.html