話題の錯綜です
投稿者: TERUTERUKID 投稿日時: 2000/11/09 15:53 投稿番号: [930 / 20008]
>「多数による決議には重みがありますが、絶対ではありません。」
と
>「強引な入植を始めとするこれらのイスラエルの政策の正当性確認や批判は重要と考えます。」
の双方は共存しないのではないでしょうか?
−−−
私も、発言数削減の意味もあって、国連という組織の意義役割の話と、イスラエルの行動に対する広範な意味での検証・批判を一緒に記して明快さを欠き申しわけありません。
前者ですが、私の趣旨では、
「国連決議の正当性に関わらず、決議を受けた側がその国益に照らして従わないことをを選択できる」
というところまでは踏込んでいません。
「国連決議に対し、自国の正義に照らしてその決議が不当であれば従わないことを選択できる。自国が加盟国であれば、その根拠を明らかにし他の加盟国に理解させる必要がある」
といったところでしょうか。あらゆる国連加盟国は、正義を実現する努力をすべきであるという前提はあります。それが他国から不正義と見なされる事はあり得ますが。
自ら不正義を承知で行う国益遂行は国連加盟国には許されないはずです。
後者ですが、これは国連ということではなく、より広い範囲に適用するものとして述べたつもりだったのですが、
まず、受入れられるかどうかに関わらず、非難決議や批判は有効です。強制力がないのだから無駄ということはないでしょう。
次に、非難決議や個別の非難、批判、助言などは圧力、説得としてしばしば機能します。特に1つ1つの小さな政策などには影響力を行使できる場合も多いものです。批判を受けた側は、その内容により、自国の正義に照らして判断したり、あるいは単に現実対応上妥協したりします。また中には政府自身あまり注意を払っていなかった部分が指摘されて重視されるようになる場合もあります。
それから、批判というものは、批判自体が妥当かどうかよりも非難の根拠が何であるかが重要です。
こんな話があります。学校のあるクラスに外見のよく似た2人の生徒がいて、一人は皆の信頼厚い優等生、もうひとりは評判の悪い札付き。ところがある時、札付の方は誰にも知られようともせず陰で善行を行い、優等生の方は、ちょっとした出来心から過ちを犯す。次の日から札付の方は「みんな悪いヤツだと決め付けてたのに実はいいやつだったんだ」となり、良くて当然と思われていた優等生はたった一つの過ちから、「偽善者めあいつは実は悪いヤツだったんだ」となってしまいました(^^);。
マスメディアが絡むときなどは特に注意が必要ですが、一方が集中的に非難されているときはその根拠に注意しなければなりません。感情的であったり、ムード先行で有れば非常に危険です。いざ本番の戦争にでもなるとき、今まで追い風だったもう一方に「同じようなことをやってた」とか「陰でこんな事をやってた」という事実や今までの非難の一部が無効であったことなどが出ると途端に風向きは逆転し暴風と化すことさえあります。そして、情報戦ではしばしばこのような作戦は利用されます。「世界は味方だ」とか「実は我々は強力なんだ」と過信させ戦場におびき出し幻想を踏みつぶすことで戦意を喪失させる常套手段。
ここのトピでも、「イスラエルはとにかく悪い」調のものは、来週には逆転しているかも知れないのです。
何が悪いのか。取決めに反しているのか。道義的に悪いのか。平和ボケで悪く見えているだけなのか。いつのことか。繰返しているのか。一方だけがやってるのか。何故やってるのか。明確になるものも、〜らしいとしか言えないものもありますが、それを軽視すれば、乗せられ振回わされバカを見ていることさえ気づかないで報道丸飲みするしかなくなって、数ヶ月後にNHKやBBCなんかで実は「こんな裏が」なんてのを見て「分ってたんだけどなー」なんて、良くあることではありませんか。意識的でなければそうならざるを得ない時代なのですから。
国境・国家を超えた発想。
これはむしろイスラエルやアラブには可能な資質があるはずなのですが。
いっそ、双方の宗教指導者を一つの部屋に缶詰にして、「解決するまで出てこなくて良い」ってしてみたら無血解決したりして・・・。
と
>「強引な入植を始めとするこれらのイスラエルの政策の正当性確認や批判は重要と考えます。」
の双方は共存しないのではないでしょうか?
−−−
私も、発言数削減の意味もあって、国連という組織の意義役割の話と、イスラエルの行動に対する広範な意味での検証・批判を一緒に記して明快さを欠き申しわけありません。
前者ですが、私の趣旨では、
「国連決議の正当性に関わらず、決議を受けた側がその国益に照らして従わないことをを選択できる」
というところまでは踏込んでいません。
「国連決議に対し、自国の正義に照らしてその決議が不当であれば従わないことを選択できる。自国が加盟国であれば、その根拠を明らかにし他の加盟国に理解させる必要がある」
といったところでしょうか。あらゆる国連加盟国は、正義を実現する努力をすべきであるという前提はあります。それが他国から不正義と見なされる事はあり得ますが。
自ら不正義を承知で行う国益遂行は国連加盟国には許されないはずです。
後者ですが、これは国連ということではなく、より広い範囲に適用するものとして述べたつもりだったのですが、
まず、受入れられるかどうかに関わらず、非難決議や批判は有効です。強制力がないのだから無駄ということはないでしょう。
次に、非難決議や個別の非難、批判、助言などは圧力、説得としてしばしば機能します。特に1つ1つの小さな政策などには影響力を行使できる場合も多いものです。批判を受けた側は、その内容により、自国の正義に照らして判断したり、あるいは単に現実対応上妥協したりします。また中には政府自身あまり注意を払っていなかった部分が指摘されて重視されるようになる場合もあります。
それから、批判というものは、批判自体が妥当かどうかよりも非難の根拠が何であるかが重要です。
こんな話があります。学校のあるクラスに外見のよく似た2人の生徒がいて、一人は皆の信頼厚い優等生、もうひとりは評判の悪い札付き。ところがある時、札付の方は誰にも知られようともせず陰で善行を行い、優等生の方は、ちょっとした出来心から過ちを犯す。次の日から札付の方は「みんな悪いヤツだと決め付けてたのに実はいいやつだったんだ」となり、良くて当然と思われていた優等生はたった一つの過ちから、「偽善者めあいつは実は悪いヤツだったんだ」となってしまいました(^^);。
マスメディアが絡むときなどは特に注意が必要ですが、一方が集中的に非難されているときはその根拠に注意しなければなりません。感情的であったり、ムード先行で有れば非常に危険です。いざ本番の戦争にでもなるとき、今まで追い風だったもう一方に「同じようなことをやってた」とか「陰でこんな事をやってた」という事実や今までの非難の一部が無効であったことなどが出ると途端に風向きは逆転し暴風と化すことさえあります。そして、情報戦ではしばしばこのような作戦は利用されます。「世界は味方だ」とか「実は我々は強力なんだ」と過信させ戦場におびき出し幻想を踏みつぶすことで戦意を喪失させる常套手段。
ここのトピでも、「イスラエルはとにかく悪い」調のものは、来週には逆転しているかも知れないのです。
何が悪いのか。取決めに反しているのか。道義的に悪いのか。平和ボケで悪く見えているだけなのか。いつのことか。繰返しているのか。一方だけがやってるのか。何故やってるのか。明確になるものも、〜らしいとしか言えないものもありますが、それを軽視すれば、乗せられ振回わされバカを見ていることさえ気づかないで報道丸飲みするしかなくなって、数ヶ月後にNHKやBBCなんかで実は「こんな裏が」なんてのを見て「分ってたんだけどなー」なんて、良くあることではありませんか。意識的でなければそうならざるを得ない時代なのですから。
国境・国家を超えた発想。
これはむしろイスラエルやアラブには可能な資質があるはずなのですが。
いっそ、双方の宗教指導者を一つの部屋に缶詰にして、「解決するまで出てこなくて良い」ってしてみたら無血解決したりして・・・。
これは メッセージ 929 (BSM さん)への返信です.
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