イスラエル/パレスチナ和平

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ラーマッラーのデモ

投稿者: abutouma 投稿日時: 2004/08/03 23:10 投稿番号: [7850 / 20008]
2日のデモの様子をアップしました。

http://www.geocities.jp/beirutreport/index.html




アラファト支持者のデモ(8月3日)

  2日にラーマッラーでアラファト支持者がデモを組織した。その時の様子を3日付サフィール紙記事から抜粋する。

  800名を超える群衆がラーマッラーの議長府に集まり、口々に
「ダハラーン、辞めてしまえ、お前の代わりは居るんだ」
と叫んだ。  
  群衆が手にする横断幕は
「パレスチナの大義の象徴(アラファトのこと)に対する攻撃はタブーであり許されない犯罪だ」
「正統な指導者を全面支持」
「改革には賛成だが、無秩序には反対」
などと読める。
  アラファトが出てきて、群衆に向かい
「偉大なパレスチナ民衆のこの力で、あらゆる陰謀と挑戦を受けて立つ。パレスチナ民族が屈服するのは、唯一、至高の神に対してだけだ」
と叫んだ・・・

この種のデモはこれまでにも何度か組織された。イスラエルに事実上軟禁されたアラファトに対する連帯表明という性格だったが、今回は明らかに趣が違う。
  ダハラーンがアラファトに突きつけた大規模デモの脅迫に対し、アラファトのシンパが
「民衆はこっちの側に居るんだ」
とアピールするために企画した印象が濃厚だ。
 
  一方、ガザではカッサーム旅団(ハマースの武装組織)がイスラエルへの内通者としてパレスチナ人3名を殺害する事件が起きた。
  まずイスラエルへの協力容疑者が収容されている獄に手榴弾を投擲し1名が殺され、2名は重態となって市内の病院の救急治療室に運ばれた。さらにそこに民兵が押しかけ、病院関係者の制止を振り切ってこの2名にとどめをさしたという陰惨な事件だ。
 
  パレスチナ現代史では1936年と1987年に、2度大規模な民衆蜂起(インティファーダ)が起きている。
  どちらも、一年目を過ぎたあたりから、
「敵への内通者」
という容疑で、証拠も裁判も無いままの私刑が横行し、蜂起は民衆の支持を急速に失って鎮圧された。
  指導者クラスは政争に明け暮れ、巷では武装集団の私刑が横行する現在の状況は、過去の失敗の歴史そっくりだ。
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