続きです
投稿者: abutouma 投稿日時: 2004/07/27 19:58 投稿番号: [7835 / 20008]
城壁に周囲を囲まれたエルサレム旧市街は大雑把に言って5つの区域に分かれる。
イスラム教徒地区、キリスト教徒地区、アルメニア人地区、ユダヤ教徒地区、この4つが住宅区域だ。
さらに、アラビア語で「ハラム・アッシャリーフ(誉ある禁域、というニュアンス)」、ユダヤ教徒が「神殿の丘」と呼びならわす一角があり、この区域自体が別の城壁に囲まれ、外部の居住区域と隔てられている。
エルサレムにおけるキリスト教徒にとっての最大の聖地は、キリストが磔刑を受けた聖書の「ゴルゴダの丘」跡地とされる聖墳墓教会である。これはイスラム教徒地区とキリスト教徒地区の境界あたりにあり、問題はない。
問題はユダヤ教とイスラム教である。
ユダヤ教徒にとっては、「神殿の丘」は、かつてのソロモン王の神殿があった聖地であり、今でもこの神殿の遺構の一部とされる「嘆きの壁」には祈祷に来る人が絶えない。
一方、イスラム教徒にとってハラム・アッシャリーフは、預言者ムハンマドの「夜の旅」の出発点となった聖地であり、こんにち岩のドームとアル・アクサ・モスクという2つの重要なモスクが所在する地でもある。
つまり、ユダヤ教とイスラム教は、この聖地をめぐり相争う関係にある。
余談であるが、パレスチナ問題と宗教に関し日本でもよく聞かれる一般的な誤解について、筆者(編集人)の見解を記しておくと、
誤解その1.:ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はいずれも同じ神を信仰する、同一の起源を持つ宗教である(から、理解しあえるはずだ)。
この3つの宗教は、先に生まれた宗教が後に来た宗教を認めないという関係にある。
つまり、一番初めに生まれたユダヤ教はナザレ人イエスをキリスト(救世主)とは認めないし、ムハンマドを預言者とも認めない。真ん中に生まれたキリスト教はユダヤ教の伝承を認めるが、ムハンマドを預言者とは認めない。最後に生まれたイスラム教はユダヤ教の伝承と、イエスを認めた上で、ムハンマドが最後の預言者であると説く。
こう書くとイスラム教が一番寛容に見えるが、必ずしもそうとは言い切れない。
というのは、イスラム教が「認めた」ユダヤ教やキリスト教とは、それぞれの宗教本来の信仰とは一致しないからだ。わかりやすく言うと、両宗教を「イスラム風にアレンジ」して解釈するのである。
例えば、イエスは偉大な預言者の一人であるが、彼自身は神ではなければ救世主でもない。ましてや神の子であるなど、もっての他。神は生みもせず生まれもしないのだから。
キリスト教のエッセンスはイエスを単なる預言者ではなく、神そのものであり、キリスト=救世主であると信ずる点にあるのだから、結局のところイスラム教における解釈ではキリスト教の否定になってしまうのである。
結論的にはこの3つの宗教は
「同一の起源を持つ故に理解しあえる」のではなく、「同一の起源を持つ故に、(少なくとも神学的には)決して折り合えない」のである。
誤解その2.:パレスチナ問題はひとつの土地をめぐる民族紛争であり、宗教紛争ではない。
紛争の発端と本質に関してはそのとおりであろう。
しかし、人間はいつでもどこでも論理的に思考し行動する生き物ではない。往々にして、論理的には整合性のない主張が、人々を駆り立て社会を大きく揺り動かす。
これについては1995年のオウム真理教事件で日本人も思い知ったはずだ。あれほど荒唐無稽な教義をかざす集団が、あそこまで危険な存在になり得たのである。
パレスチナ問題においても、宗教的な、非論理的な部分がもはや決定的といってよいほど大きな部分を占めるようになっている。オスロ合意以降だけをとってみても、1994年のへブロン虐殺事件、ハマースやジハードの「殉教攻撃(イスラエルにとっての「自爆テロ」)」、ラビン首相暗殺事件に見られるように、双方の「宗教過激派」が引き起こした事件が、どれほど大きな影響を与えたことか。
長くなったが、今回のユダヤ教過激派の破壊工作も、「跳ね上がりの言っていることだ」と冷笑して済ませるわけには決して行かないのである。
イスラム教徒地区、キリスト教徒地区、アルメニア人地区、ユダヤ教徒地区、この4つが住宅区域だ。
さらに、アラビア語で「ハラム・アッシャリーフ(誉ある禁域、というニュアンス)」、ユダヤ教徒が「神殿の丘」と呼びならわす一角があり、この区域自体が別の城壁に囲まれ、外部の居住区域と隔てられている。
エルサレムにおけるキリスト教徒にとっての最大の聖地は、キリストが磔刑を受けた聖書の「ゴルゴダの丘」跡地とされる聖墳墓教会である。これはイスラム教徒地区とキリスト教徒地区の境界あたりにあり、問題はない。
問題はユダヤ教とイスラム教である。
ユダヤ教徒にとっては、「神殿の丘」は、かつてのソロモン王の神殿があった聖地であり、今でもこの神殿の遺構の一部とされる「嘆きの壁」には祈祷に来る人が絶えない。
一方、イスラム教徒にとってハラム・アッシャリーフは、預言者ムハンマドの「夜の旅」の出発点となった聖地であり、こんにち岩のドームとアル・アクサ・モスクという2つの重要なモスクが所在する地でもある。
つまり、ユダヤ教とイスラム教は、この聖地をめぐり相争う関係にある。
余談であるが、パレスチナ問題と宗教に関し日本でもよく聞かれる一般的な誤解について、筆者(編集人)の見解を記しておくと、
誤解その1.:ユダヤ教、キリスト教、イスラム教はいずれも同じ神を信仰する、同一の起源を持つ宗教である(から、理解しあえるはずだ)。
この3つの宗教は、先に生まれた宗教が後に来た宗教を認めないという関係にある。
つまり、一番初めに生まれたユダヤ教はナザレ人イエスをキリスト(救世主)とは認めないし、ムハンマドを預言者とも認めない。真ん中に生まれたキリスト教はユダヤ教の伝承を認めるが、ムハンマドを預言者とは認めない。最後に生まれたイスラム教はユダヤ教の伝承と、イエスを認めた上で、ムハンマドが最後の預言者であると説く。
こう書くとイスラム教が一番寛容に見えるが、必ずしもそうとは言い切れない。
というのは、イスラム教が「認めた」ユダヤ教やキリスト教とは、それぞれの宗教本来の信仰とは一致しないからだ。わかりやすく言うと、両宗教を「イスラム風にアレンジ」して解釈するのである。
例えば、イエスは偉大な預言者の一人であるが、彼自身は神ではなければ救世主でもない。ましてや神の子であるなど、もっての他。神は生みもせず生まれもしないのだから。
キリスト教のエッセンスはイエスを単なる預言者ではなく、神そのものであり、キリスト=救世主であると信ずる点にあるのだから、結局のところイスラム教における解釈ではキリスト教の否定になってしまうのである。
結論的にはこの3つの宗教は
「同一の起源を持つ故に理解しあえる」のではなく、「同一の起源を持つ故に、(少なくとも神学的には)決して折り合えない」のである。
誤解その2.:パレスチナ問題はひとつの土地をめぐる民族紛争であり、宗教紛争ではない。
紛争の発端と本質に関してはそのとおりであろう。
しかし、人間はいつでもどこでも論理的に思考し行動する生き物ではない。往々にして、論理的には整合性のない主張が、人々を駆り立て社会を大きく揺り動かす。
これについては1995年のオウム真理教事件で日本人も思い知ったはずだ。あれほど荒唐無稽な教義をかざす集団が、あそこまで危険な存在になり得たのである。
パレスチナ問題においても、宗教的な、非論理的な部分がもはや決定的といってよいほど大きな部分を占めるようになっている。オスロ合意以降だけをとってみても、1994年のへブロン虐殺事件、ハマースやジハードの「殉教攻撃(イスラエルにとっての「自爆テロ」)」、ラビン首相暗殺事件に見られるように、双方の「宗教過激派」が引き起こした事件が、どれほど大きな影響を与えたことか。
長くなったが、今回のユダヤ教過激派の破壊工作も、「跳ね上がりの言っていることだ」と冷笑して済ませるわけには決して行かないのである。
これは メッセージ 7834 (abutouma さん)への返信です.
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