イスラエル/パレスチナ和平

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「ルポ:パレスチナの声、イスラエルの声」1

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2004/04/10 02:25 投稿番号: [7563 / 20008]
  「現地ルポ:パレスチナの声、イスラエルの声」土井敏邦(岩波)2520円

  パレスチナとイスラエル双方へのインタビュー集です。
時期は93年から2003年までの10年間です。
インタビューした人達は、政治指導者、経済専門家、弁護士、大学の研究者、
学生、難民キャンプの住民、ユダヤ人入植者、自爆攻撃実行犯の家族、自爆テロ
の被害者と家族、農民、家屋破壊の被害者、イスラエル軍兵士、平和活動家。

  私にとって衝撃的だったのは、PLO一部指導部の腐敗のリアルな内実を
知ったことでした。
  第一次インティファーダを自発的・自然発生的に闘い、イスラエルの銃弾に
傷付き、圧政に耐え、ようやくパレスチナ自治がまがりなりにも始まりました。
しかし、パレスチナ自治政府により逮捕・拷問され、表現の自由もなく、一部
高官の腐敗や、自治政府そのものの圧政・腐敗に、心底失望しました。
  深い、深い絶望だと思います。
  敵からの外からの外圧には耐えることはできても、内部からの味方だと信じて
いた側からの抑圧、裏切りに対しては人間はもろいものだとも思います。
  人間精神のその内側から、その実存的支柱をへし折るものでした。

  また、防護壁が完成すれば、パレスチナ全土の9割をイスラエルが所有し、
残り1割の水利源を取られた残り地で、北・中央・南と3分割され、その相互を
行き来するにも、イスラエルに阻まれている、パレスチナ分断国家など、国家と
呼べるシロモノではもはやないということを知りました。
  シャロンの実に巧妙な戦略、つまり、住民を強権的に追放するのではなく、
『自らの意思で・自主的に』=『這うような(ゆっくりした)追放』戦略


  <Ⅰ>自爆テロ

  バス自爆テロから生還した女性兵士は、憎しみを感じるのは、
「アラブ人全体に対してではなく、バスを爆破したその本人に対してです。」
「私は彼らが行う個々の犯罪に対して憎しみを抱くのです」


  <Ⅱ>オスロ合意とパレスチナ自治政府

  経済問題:占領地の経済もイスラエルに従属させられています。
農産物のイスラエルへの輸出は厳しく制限される一方、イスラエル産の農産物は
自由に占領地に持ち込まれ、占領地の農業に大きな打撃を与えました。

  水源問題:占領地では水源はイスラエルに完全にコントロールされ、自由に
井戸を掘ることもできず、規制の井戸からの水の使用も厳しく制限されました。

  67年の第三次中東戦争以降、工場の建設や原材料の輸入も制限され、占領地
内での独立した工業の成長が抑制されました。イスラエルの工業製品は大量に
占領地に流入しました。占領地で自国と競合する工業の発展を抑え、占領地を
イスラエルの製品の市場(マーケット)として利用しました。あふれた労働者を
安価な労働力としてイスラエル経済に取り込んでいきました。

オスロ合意以降も入植活動を続けており、94年末までに入植地人口は25%増

  パレスチナ警官6000人への給与などの膨大な経費が海外援助の使途の大き
な部分を占め、ガザ地区の開発・住民の生活向上を遅らせています。
  パレスチナ自治政府の財務省によってではなく、公安当局や諜報機関、また検
察当局によって非合法に住民から”税金”や”懲罰金”が徴収される例も多発し
ました。「パレスチナ人権モニター」によると、97年から一年半ほどで29件
が報告されています。しかも徴収された金は全く財務省には渡っていません。
  「パレスチナ人権モニター」が把握しているだけでも、99年までの5年間に
20人のパレスチナ人がパレスチナ警察によって拷問死しています。
「自治政府に対する恐怖です。当局に意見を言うことを恐れているんです。自由
に発言できないんです」
  95年、アラファトは「大統領令」を発布し、「国家治安裁判所」を設立した
軍人によって裁判官や検事が構成され、罪状と証拠は公表されず、被告の控訴を
認めるかどうかはアラファトの判断に任されるというものです。
「法と人権のためのガザ・センター」の弁護士は「軍事法廷の創設は民主主義の
基礎と司法の独立を脅かすもので、パレスチナ社会の軍事化への始まりになって
しまう」と警告しました。
パレスチナ自治政府の政策の背後にはアメリカとイスラエルの強い圧力がありま
す。しかしそれは言い訳にはできません。

PLO指導部はヨルダン、シリア、レバノン、エジプト、チュニジアと転々と
してきました。これらの国々は大半が独裁政権下でした。PLO指導部はこの
ような政治環境に影響されてきました。
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