イスラエル/パレスチナ和平

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パレスチナの現実(6)

投稿者: ojin_8823 投稿日時: 2004/03/25 10:48 投稿番号: [7410 / 20008]
  レイヤーンの祖父と叔父は一九四八年の第一次中東戦争で死亡している。彼の祖母は、息子であるレイヤーンの父とともに村を追われた直後にこの世を去った。レイヤーンの父は親戚に預けられ、すべてを奪われたというつらい感情を抱きながら育ち、この感情を息子に、そして息子が孫へと間違いなく伝えている。


「われわれがパレスチナのことを話題にしない日はない」と語るレイヤーンの目には涙があふれていた。「われわれは、祖国を取り戻すために一生を捧げなければならないと教えられるのです」
  レイヤーンは十二年間をイスラエルの牢獄で過ごしている。彼の義理の兄は、九八年のイスラエルでのバス爆破テロに命を捧げた。兄弟の一人も五年前の街頭デモの際にイスラエル兵に射殺されている。もう一人の兄弟はレバノンに追放され、他の兄弟の多くもイスラエル兵との衝突で負傷している。


  それぞれ十二歳、十五歳、十六歳になる彼の三人の息子たちは、イスラエル側の検問所に毎日石を投げに行く青年集団に参加している。この三人はパレスチナのための殉教者となることを願っていると、レイヤーンは言う。


「願わくば、神がわが息子を殉教者に選んでくれることを」とさえ彼は言う。

   ・・・   中略   ・・・

  二人のイスラエル兵が殺されたことに対して、イスラエルが攻撃用ヘリコプターで三カ所を報復攻撃した二〇〇〇年十月の夜、私はガザ地区にいた。最初のインティファーダのときがそうだったように、町に繰り出してきた群衆のほとんどはガザ地区の貧困層の人々だった。最初のインティファーダがイスラエルに対してだけでなく、ガザ地区の商店主やビジネスのオーナーなどパレスチナの富裕層に対する抵抗運動だったように、今回のインティファーダのターゲットもこの二つであった。しだいにアラファト率いるファタハから距離を置きつつある武装民兵勢力は、すっかり怯えきった商店主たちから「戦争税」を徴収している。しかも今回のインティファーダでは、パレスチナの中産階級だけでなく、アラファトの自治政府そのものが攻撃の対象とされている。イスラエルのヘリコプターによる攻撃から数日後、暴徒と化したパレスチナ人はアルコール類を販売している商店やホテルを襲撃したが、これらは腐敗し、軽蔑されている自治政府の高官が経営していたものだった。

  こうした経済の急降下が過激派を煽り立てている。かつてのインティファーダの戦士同様に、新たに手にした力と権限に心を奪われている武装兵士たちは、イスラエルの経済封鎖を支援するかのような行動をとっている。彼らはガザ地区のエレズ・チェックポイントにある工業団地の職場へパレスチナ人労働者が行けないように妨害しており、かつては三千五百人だった工業団地のパレスチナ人労働者も今や三分の一へと減少している。パレスチナの過激派はガザと西岸地区にあった工場に火を放ち、焼失させている。イスラエルのソフトウエア会社が設立し、かつてはイスラエルとパレスチナ経済統合のモデルケースと称えられたファイバーオプティックの工業団地全体が放火によって操業停止に追い込まれた。エレズ工業地区で仕立屋をしている二十八歳のムハンマド・アルカールアウトは「怖くてもう仕事に行けない」と言う。「二日前には狙撃されて死亡者が出たし、自分の洋服工場でも二十人の職人のうち二人しか工場に行っていない」と。
  封鎖が長引くにつれて、イスラエル側に仕事先があるパレスチナ人労働者千二百人が職場に行けなくなり、一方イスラエルでは彼らの代わりに外国人のゲストワーカー導入を求める圧力が高まっている。ガザ地区の経済は、果物や野菜の輸出、そしてイスラエルで働く二万八千人の労働者の賃金で支えられている。このほかにもイスラエルで働くことを許されている西岸地区の人々が三万人ほどおり、不法にイスラエルにやって来る非合法の労働者も六万人を数える。





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