>血に飢えたシャロンはテロリスト
投稿者: ojin_8823 投稿日時: 2004/03/23 11:17 投稿番号: [7229 / 20008]
>ヤシン氏は、一方的停戦に前向きに取り組むなど、たいへん柔軟な政策をとり、ハマスを束ねることをできる唯一の人物だった。
無知(わら
確かに前向きです♪
◇「解放」叫び続けた一方の雄…ヤシン師
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20040322id25.htm//
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「我々の目標は全パレスチナの解放である」
アラファト議長らPLO指導部が、武装闘争に限界を感じ、政治的に追いつめられる形で、ヨルダン川西岸、ガザ地区に限定した「ミニ・パレスチナ国家構想」、さらには93年のオスロ合意で独立国家の前段階としての「暫定自治」という妥協を決断、イスラエルとの平和共存路線を模索したのとは対照的に、あくまで「全土解放」にこだわり続けた。87年末から、イスラエル軍を悩ませたインティファーダの石つぶても、「イスラムこそが解決」と信じた師の、イスラム主義者としての執念でもあった。
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これは メッセージ 7228 (chugoku_nante さん)への返信です.
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