イスラエル/パレスチナ和平

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ヨルダンのアブドラ国王

投稿者: sascom007 投稿日時: 2004/03/01 17:19 投稿番号: [7176 / 20008]
ヨルダンの故フセイン国王(1935〜1999)は、1970年9月19日のイーストバンクでの「ブラック・セプテンバー事件」(「ベドウィン親衛隊」が「PLO」キャンプを襲撃し、「PLO」メンバー約2万人中約5千人を殺害)を契機に、パレスチナ人及びパレスチナ系住民からは嫌われ、11回も暗殺未遂事件に遭遇しましたが、1988年7月31日に「ウエストバンク」の統治権を放棄することで、ようやく「PLO」と和解しました。
現在のアブドラ国王(1962〜      )は、2000年の夏に地中海を大型ヨットで航行中、「アルカイダ」系組織に狙われたことがあるとはいうものの(アブドラ国王は、「自爆テロ計画」を事前に察知し急遽ヨットから下船)、ヨルダン国内のパレスチナ人、及びパレスチナ系住民からは、概ね好感を持たれています。
その第一の理由は、アブドラ国王が1993年にパレスチナ人の英雄アブドゥラ・ヤシン(1936年の「トゥルカム蜂起の指導者)の子孫で美人の誉れ高いラーニア(1970〜      )と結婚したからで、ヨルダン在住のパレスチナ人(現在約165万人)の多くは、アブドラ国王とラーニア王妃の間に生まれた王子が将来の国王になるなら、ヨルダン国籍を取ってヨルダン人になってもいいと考えているようです。
またアブドラ国王も国王就任以来、国内在住のパレスチナ人の帰化を積極的に推進していますので、現在でも帰化申請してヨルダン国籍になるパレスチナ人が相当数出ています。
ただ一つ問題点は、アブドラ国王の皇太子で異母弟のハムザ王子(1980〜      )は、故フセイン国王と第四夫人ヌール王妃(旧名エリザベス)の子であり、このヌール王妃が実はレバノン人とアメリカ人の混血児で「合衆国・連邦航空局長」「パンナム会長」を歴任したナジーブ・ハラビーの娘だということです。ヨルダン在住のパレスチナ人、及びパレスチナ系住民としては、現在の皇太子であるハムザ王子の母がアメリカ人であるということには少々抵抗感があるようです。

[備考]
●「ブラックセプテンバー」(リビアのカダフィ議長が資金援助)
1970年9月、ヨルダンのフセイン国王をターゲットとして、「PLO」幹部アブ・イヤド、アブ・ダウドが結成。
しかし、1972年9月5日に「ミュンヘン事件」を起こしたことが切っ掛けで、1973年アラファト議長は「ブラックセプテンバー」を「フォース17」と改編、「アラファト警護隊」とすると発表。
しかしながら、その後も「ブラックセプテンバー」は、大幹部の「赤い貴公子」ことハッサン・アリ・サラメが指揮を執り凶悪なテロを繰り返す。しかし1979年のベイルートで、ハッサン・アリ・サラメは「アイヒマン拉致事件」で名を知られたラフィー・エイタンと直接対決することになり、さしもの「赤い貴公子」も、ラフィー・エイタンに殺された。その後、「ブラックセプテンバー」のテロは影を潜めた。
1992年7月、アラファト議長は「フォース17」正式解散命令。
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