ダ−ランとアラファトが手打ち
投稿者: adventureoftheultraworld 投稿日時: 2004/02/20 12:46 投稿番号: [7157 / 20008]
ダ−ランとアラファトがラマラで会談し、取りあえず和解したらしい。
昨年夏にアッバス前内閣が崩壊したのは、ダ−ランを内務大臣に任命して、ロードマップで要求されている「テロ組織の撲滅」をやろうとしたアッバスに、アラファトが反対したため。
アラファトは「イスラエルやアメリカからも受けが良く、ガザに強力な地盤を持つダ−ランが治安機関全体を握ると、自分の地位が脅かされる」と思った模様。
長年の部下であるアッバスが着々と「パレスチナの顔」になっていく状況にも我慢が出来ず、アッバス内閣を潰した。
アッバス内閣崩壊後、ダ−ランは下野。
アラファトはダ−ランのライバルであるジブリル・ラジューブを「治安アドバイザー」に任命して、治安機関全体の監督をさせてきた。
ところが公職から退いてもダ−ランの影響力は強く、自分がかつて創設した治安機関の一つ、PSSの司令官も、ダ−ラン人脈の人間。
最近、他の治安機関との権力闘争が高じて、PSSがガザの警察署に殴り込みを掛けたり(警察官一人が銃撃戦で死亡)、警察高官を対戦車砲で襲撃する(失敗)といった事件があった。
また、シャロンがガザからの入植地撤退を表明したため、近い将来、ガザには力の空白が生まれることが見えてきた。
「IDFがいなくなれば、ガザの天下はハマスが握る」という見方もあり、そういう状況を怖れたエジプトがアラファトに「ダ−ランをガザの要職に付けて、ハマスを抑え込ませろ」とプレッシャーを掛けた。
それでアラファトがダ−ランを呼びよせ、取りあえず和解。
「和解」といってもアラファトがポストを用意していたわけではない。
ダ−ランも「現在の政治状況、ファタハの混乱がおさまらない限り、クレイ内閣にも参加するつもりはない」と言い、ファタハ内部の選挙実施を要求した。
ダ−ランが和解に応じた原因は、彼に近い筋によると「アラファトはもうじき死ぬ。アラファト後の権力闘争を勝ち抜くためには、今のうちにファタハ内部での地位を築き直したほうがよい」という目論みらしい。
アラファト死後、パレスチナはどうなる?
最近のアラブ紙の予測だと、「ハマス/アルアクサ/聖戦といった連中と、自治政府下の各治安組織(たしか8つくらいの治安組織がある)、ダ−ランやラジューブといった有力政治家、各都市や土地ごとの有力部族らが、合従連衡を繰り返し、血みどろの権力闘争を繰り広げるだろう」というものもある。
パレスチナは「アフガニスタン化」を避けられるだろうか?
http://www.haaretz.com/hasen/spages/396361.htmlDahlan, Arafat make up - again - after five months
これは メッセージ 6616 (adventureoftheultraworld さん)への返信です.
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