ありがとうございます
投稿者: TERUTERUKID 投稿日時: 2000/10/17 13:35 投稿番号: [591 / 20008]
示唆に富むご指摘ありがとうございます。
>この掲示板の 日本人の主張は、仏教の中庸の考え方と同じなんです。
この掲示板に限らず、一般には日本人の主張は概ね「仏教の中庸の考え方」と同質のものを
ベースとしているというのなら、なるほどと思われるところです。勿論、これは日本人が皆
仏教徒だという意味ではありませんし、まるで違う人もいるでしょう。それは日本人の宗教
への熱心によるものではなく、日本人の特質といえるものかもしれません。これは国際関係
に生かす道を見いだせれば、宝かもしれませんね。
>たぶん イスラエルの方には 理解できないでしょう
中東、欧米を主体とした国際的な話合いは、特にイスラエル問題などでは互いに強く信仰上
の、問題や背景の国民の意思を背に当然のように行われ、相互理解にも宗教的背景が前提と
なっています。そこへ、強い宗教的意志をベースとしない日本人が出ていくと、前述のように
重要視されない結果になるのはもっともなのでしょう。
では、「日本も何らかの宗教的な強い意志を持つようになりその意味でも対等に話合えるべき
であるのか」といえば、勿論そうではありません。そのようなことは勿論、宗教戦争の種を増
やすだけのことですしそれ以前にばかばかしいことです。
では、日本人もこういった国際的な話合いの場に入っていこうということ自体本質的無理がある
と考えるのが妥当と思われます。では日本はこういった外交問題に対してどのようなアプローチ
をとれば実効ある役割を果していけるか考えさせられます。
日本人がその特質上、彼らと異なる以上、彼らの文化に基づいた土俵に入っていこうとするのは
正しい判断ではないでしょう。
最近のグローバリズムの元ではそういったことをよく求められはしますが。
日本は、外交にあたって、日本人に合った土俵、しかも彼らも入れる土俵をを自ら設定していく
必要があるわけです。文化のせめぎ合いの議論ではない土俵。具体性が求められるわけですね。
とてもそんなもの容易に浮んでは来ませんから現実性を欠くものしかとりあえず浮びませんが、
例えば、
ひたすら人道・医療援助をしつつ、破壊されたしりから復旧につとめていく。
もちろん、公平に両国に。正義の所在は関係なく。
彼らが破壊を繰返す横で日本を中心とした復旧部隊がせっせと非武装で復旧につとめる。この
マンガ的状況が現出すれば、破壊する側も「ちょっとまてよ」となるでしょうか?
例えば、
「武器を使用したら、その正義の所在に関わらず、その自国が使用した危険な武器残骸(=不発
弾、地雷など)の撤去費用を負担しなければならない。またそれらにより戦中を除く事後の爆発事
故被害者全てに対して賠償責任を負う。全ての武器はそれがどの国の所有物であるか判るように製
造されねばならず、使用国が消滅した場合は製造メーカーか輸出国が代ってその責を負う」
という国際条約を日本が提案し、全世界の条約加盟実現に邁進する。
ということで、仏教の視点や信仰を含むいかなる宗教観も否定したつもりはまったくなかったのです
がいかがでしょうか。
個人的には仏教を世の中や宇宙の全ての理の探求、どちらかというと宗教というより形而上学的な
ものとして捉えておりますが、そして仏陀はそれを説いた人だと。・・・個人的なことですが。
完全な宗教はひとつもないのだから皆等しく途上であると思います(^^;
>この掲示板の 日本人の主張は、仏教の中庸の考え方と同じなんです。
この掲示板に限らず、一般には日本人の主張は概ね「仏教の中庸の考え方」と同質のものを
ベースとしているというのなら、なるほどと思われるところです。勿論、これは日本人が皆
仏教徒だという意味ではありませんし、まるで違う人もいるでしょう。それは日本人の宗教
への熱心によるものではなく、日本人の特質といえるものかもしれません。これは国際関係
に生かす道を見いだせれば、宝かもしれませんね。
>たぶん イスラエルの方には 理解できないでしょう
中東、欧米を主体とした国際的な話合いは、特にイスラエル問題などでは互いに強く信仰上
の、問題や背景の国民の意思を背に当然のように行われ、相互理解にも宗教的背景が前提と
なっています。そこへ、強い宗教的意志をベースとしない日本人が出ていくと、前述のように
重要視されない結果になるのはもっともなのでしょう。
では、「日本も何らかの宗教的な強い意志を持つようになりその意味でも対等に話合えるべき
であるのか」といえば、勿論そうではありません。そのようなことは勿論、宗教戦争の種を増
やすだけのことですしそれ以前にばかばかしいことです。
では、日本人もこういった国際的な話合いの場に入っていこうということ自体本質的無理がある
と考えるのが妥当と思われます。では日本はこういった外交問題に対してどのようなアプローチ
をとれば実効ある役割を果していけるか考えさせられます。
日本人がその特質上、彼らと異なる以上、彼らの文化に基づいた土俵に入っていこうとするのは
正しい判断ではないでしょう。
最近のグローバリズムの元ではそういったことをよく求められはしますが。
日本は、外交にあたって、日本人に合った土俵、しかも彼らも入れる土俵をを自ら設定していく
必要があるわけです。文化のせめぎ合いの議論ではない土俵。具体性が求められるわけですね。
とてもそんなもの容易に浮んでは来ませんから現実性を欠くものしかとりあえず浮びませんが、
例えば、
ひたすら人道・医療援助をしつつ、破壊されたしりから復旧につとめていく。
もちろん、公平に両国に。正義の所在は関係なく。
彼らが破壊を繰返す横で日本を中心とした復旧部隊がせっせと非武装で復旧につとめる。この
マンガ的状況が現出すれば、破壊する側も「ちょっとまてよ」となるでしょうか?
例えば、
「武器を使用したら、その正義の所在に関わらず、その自国が使用した危険な武器残骸(=不発
弾、地雷など)の撤去費用を負担しなければならない。またそれらにより戦中を除く事後の爆発事
故被害者全てに対して賠償責任を負う。全ての武器はそれがどの国の所有物であるか判るように製
造されねばならず、使用国が消滅した場合は製造メーカーか輸出国が代ってその責を負う」
という国際条約を日本が提案し、全世界の条約加盟実現に邁進する。
ということで、仏教の視点や信仰を含むいかなる宗教観も否定したつもりはまったくなかったのです
がいかがでしょうか。
個人的には仏教を世の中や宇宙の全ての理の探求、どちらかというと宗教というより形而上学的な
ものとして捉えておりますが、そして仏陀はそれを説いた人だと。・・・個人的なことですが。
完全な宗教はひとつもないのだから皆等しく途上であると思います(^^;
これは メッセージ 584 (thinking256846 さん)への返信です.
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