真の宗教なら本当は名前はいらない
投稿者: TERUTERUKID 投稿日時: 2000/10/16 19:43 投稿番号: [566 / 20008]
一神教の神は信者にとっては究極の真理なのですから、名前も不要なのですが(名前とは他と識別するためのものですから)、それぞれの宗教毎に独自の呼名をつくってしまいました。この時から既に人間はその弱さに敗北しているわけで、今の事態は始っているわけです。イスラエルにしたって無理矢理名前を求め、人の造った神殿には住まないといわれても壮大な神殿を造り・・・。
ところが、3つの宗教とも違う名前で呼びながら同じ神を信仰しているという意識はあるんですね。壮大な兄弟げんか。
でも、それ故に、ユダヤのラビ達が、イスラムの師達が、キリスト教の長老達が「兄弟げんかはやめなさい」と明確に言えば止る余地は十分あるのです、本当は。
宗教の統一は、神様が万人に姿を現さない限り不可能でしょう。しかし、各宗教合意のもと、世界中、一時的に停戦し皆でエルサレムに集り(もちろん一神教信者だけ)、皆で「信じているのはひとつの神」であることに意識を集中する、ような大イベントでも行えれば、新しい未来が開けるかもしれません。エルサレムを中心に何億人集れるのか、食料供給は可能なのか、問題山積ですが、そういうことは人類の英知を尽せば何とかなるでしょう。
もしそこでコレ幸いと殺し合いが始るようなら、人類もそこまでということでしょうか。
実現性はなさそうですが、夢くらいは描けますね。
これは メッセージ 557 (pobrechico さん)への返信です.
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