疑惑がまだあるという前提で
投稿者: r911911911 投稿日時: 2003/05/13 21:07 投稿番号: [5178 / 20008]
パレスチナの教科書については、偏見→批判→Nathan Brownのような調査→"no incitement"→それでもまだ残る疑惑…という流れがあると思います。疑惑がある=火のないところに煙は立たない。何か隠れていないか、ということで読めば
>urge students tobe willing to make self-sacrifice for th religion and nation
これぐらいは確かに教科書に載っていても不思議ではないかもしれないが
>a poem praising th echildren who threw stones in the first intifada
こうなると「口頭」で教示する材料としては充分に使い物になる。石を投げる、という表現は色々に変化させられる。「質問」を促すことも、当然できる。
また Nathan Brwon も「完全にシロだ」とまでは言っていない。
>気持ちの持ちようってところから教えてる
と書いたのは、そういう意味で深読みができると思ったから。
何気ない報道シーンなどを見てもテキスト以外にちゃんと「hand out」が配られている。配布そのものはどこの国の授業でも同じだから問題じゃない。その中身次第では、Brown氏に準ずるような大学教授などによって公開されれば充分に再び批判の対象となるかもしれない。
個人的に聞き及んでいるのはそうした授業全体の内容。というか、結構アチコチで聞くから「いまでも疑惑がある」ことについては認めている人も多いのでは?それも偏見だと言われればソースを示せる訳じゃないが。ただし、
>ガキ共がいつでも殺し屋になれるように学校でも教育しているようだ
これは言い過ぎですね(証拠があるか、という意味では、あのリンク自体にはない)。教えているという話しを(何度も)聞いた(両サイドから)、とすべきでした。
これは メッセージ 5177 (pikopikohippo さん)への返信です.
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