EQ
投稿者: native_born_lonely 投稿日時: 2003/04/27 23:56 投稿番号: [5005 / 20008]
…が高い、とどなたかが評されていましたが、adventureoftheultraworldさんの投稿には常々そのことを感じさせられます。ちゃんと本質を見据えている目というものが伝わってきます。
ユダヤ人は言葉の民であり、時代的に内向していたときの例外を除けば、その時々の右も左も、そして、どの時代にも必ずいる狂信者(それはどの民族にも共通していることだが)も、民に言葉を告げようとしていた人たちは、「記録」というものをつけていた。
タルムードについていえば、恐ろしく長い(その期間も量も)書物で、決してその単独のページ自体が教義というものではなく、解釈や説明といった試みの歴史にほかなりません。あの膨大な内容を全て熟知している非ユダヤ人は、「絶対に!!!!!」いない。しかし、膨大であるからこそ、悪意ある第三者が「利用」目的で覗き込むには、ユダヤ人の歴史ほど便利なものはありません。他民族の歴史だと、そうそう簡単にはことが運ばない。
レバノンの例には、そんな象徴的な一面があると思います。仮にイスラエルに記録があったとしても、相手方にそれに準じる詳細な記録がないのであれば、「裁判」もクソも、そもそもフェアな判断などあり得るはずがない。最初にゴラン高原に打ち込まれてきた砲弾の記録など、イスラエル側にこそあれ、当時南レバノンを割拠したゲリラ側に、「すべて」残されているのでしょうか。
ひとりの生活者としての常識感覚からみれば、一方には「証拠不十分」で訴追なしといった国際社会の判断が十分にあり得そうなときに、「あっしのほうはこんな具合でござんした」と潔さを見せる「国家」など、イスラエルに限らずどこにもあるはずがないと思います。
どうも、こちらのトピの流れを見ていると「イスラエル批判」の方たちの投稿には、恐ろしく懐の深い大人を前に、ちょいと「条件検索・抽出・絞り込み」を覚えただけのEQの足りない小者たちが、あれこれ野次のネタ探しをしているといった、なにか決定的な人間性の欠如を感じました。
自分たちが投稿に至った内容と、その歴史的な背景における関係に、まず「いかがわしさ」を感じる前に、中傷ネタの焼き直しに心が動くという感性、そこにエネルギーが集中してしまう人格、というのは何なのでしょう。
コンプレックスなのか、人生運の無さへの怒りか僻みか「も〜やってられん」なのか、不平等意識を被害妄想的に膨らませて自己弁護に勤しんでいる人間にありがちな自分自身の疑似化なのか、まあ心理的な深層までは分りかねますが、人間が依って立つことのできるような言葉ではないと思わずにはいられません。
圧倒的に影響力のある「言葉」というのは、昔であれば例えばドストエフスキーの『罪と罰』のように善悪ない交ぜのカオス的な葛藤のようなところから、いわばその作品の「全体として」、ただひたすら沈黙させられるような感動を与えるようなものだったと思います。
私は、そのような意味で、ユダヤの歴史には、人間性の全体的な伝達力、葛藤さえ自分たち自身の問題へとはっきり取り込んできている誠実ささえ感じます。その時々のマスコミ視聴者や読者たちの「感情」に阿ねて「支持」される報道やメッセージが何かは、どうでもいい。思想家や大作家と呼ばれるひとたちの中で租借され描かれていく「歴史」のほうにこそ、「生き残っていく言葉」といったものを直観させられます。
それが結局のところ、EQというような表現で語られる、人それぞれの「資質」に負うものなのであれば、他人にそのような感性を感じさせない投稿者の方々は、「語り継がれる」言葉を書き残すことはないのかもしれませんが……。
ある種の女性を最大限に侮辱する言葉に、Native Born BitXX という表現がありますが、男性であれば、さながら Native Born Son of a Bitxx といったところでしょうか。生まれながらに骨の髄まで、ということなら、もう救いようがないのかもしれない……。
小生にこのような印象を与えた投稿者の方たちの中で、もし、上記のような指摘に多少とも「びくり」とするところがあるなら、自分自身のあるがままの姿を観察し直されたほうがいいと思う。
私は、人は変わるものだと信じている。「修業」の後に男子が驚くほど見違えるという意味の日本の言葉がありましたが、例えば投獄時のドストエフスキーのように、沈黙の何年間かといった、「生活」と真正面に向き合う時間の中から、人の心に残っていく言葉が生まれるということも、十分に信じられる話しだと思います。
他人様の人柄、というか、感性の健全さ(深さが伴っていなければ意味のないこと)に、素直に感心させられたことは、四十年の歳月の中では、それほど多くはありませんでした。アドベンチャーさんの投稿を拝見すると、その
ユダヤ人は言葉の民であり、時代的に内向していたときの例外を除けば、その時々の右も左も、そして、どの時代にも必ずいる狂信者(それはどの民族にも共通していることだが)も、民に言葉を告げようとしていた人たちは、「記録」というものをつけていた。
タルムードについていえば、恐ろしく長い(その期間も量も)書物で、決してその単独のページ自体が教義というものではなく、解釈や説明といった試みの歴史にほかなりません。あの膨大な内容を全て熟知している非ユダヤ人は、「絶対に!!!!!」いない。しかし、膨大であるからこそ、悪意ある第三者が「利用」目的で覗き込むには、ユダヤ人の歴史ほど便利なものはありません。他民族の歴史だと、そうそう簡単にはことが運ばない。
レバノンの例には、そんな象徴的な一面があると思います。仮にイスラエルに記録があったとしても、相手方にそれに準じる詳細な記録がないのであれば、「裁判」もクソも、そもそもフェアな判断などあり得るはずがない。最初にゴラン高原に打ち込まれてきた砲弾の記録など、イスラエル側にこそあれ、当時南レバノンを割拠したゲリラ側に、「すべて」残されているのでしょうか。
ひとりの生活者としての常識感覚からみれば、一方には「証拠不十分」で訴追なしといった国際社会の判断が十分にあり得そうなときに、「あっしのほうはこんな具合でござんした」と潔さを見せる「国家」など、イスラエルに限らずどこにもあるはずがないと思います。
どうも、こちらのトピの流れを見ていると「イスラエル批判」の方たちの投稿には、恐ろしく懐の深い大人を前に、ちょいと「条件検索・抽出・絞り込み」を覚えただけのEQの足りない小者たちが、あれこれ野次のネタ探しをしているといった、なにか決定的な人間性の欠如を感じました。
自分たちが投稿に至った内容と、その歴史的な背景における関係に、まず「いかがわしさ」を感じる前に、中傷ネタの焼き直しに心が動くという感性、そこにエネルギーが集中してしまう人格、というのは何なのでしょう。
コンプレックスなのか、人生運の無さへの怒りか僻みか「も〜やってられん」なのか、不平等意識を被害妄想的に膨らませて自己弁護に勤しんでいる人間にありがちな自分自身の疑似化なのか、まあ心理的な深層までは分りかねますが、人間が依って立つことのできるような言葉ではないと思わずにはいられません。
圧倒的に影響力のある「言葉」というのは、昔であれば例えばドストエフスキーの『罪と罰』のように善悪ない交ぜのカオス的な葛藤のようなところから、いわばその作品の「全体として」、ただひたすら沈黙させられるような感動を与えるようなものだったと思います。
私は、そのような意味で、ユダヤの歴史には、人間性の全体的な伝達力、葛藤さえ自分たち自身の問題へとはっきり取り込んできている誠実ささえ感じます。その時々のマスコミ視聴者や読者たちの「感情」に阿ねて「支持」される報道やメッセージが何かは、どうでもいい。思想家や大作家と呼ばれるひとたちの中で租借され描かれていく「歴史」のほうにこそ、「生き残っていく言葉」といったものを直観させられます。
それが結局のところ、EQというような表現で語られる、人それぞれの「資質」に負うものなのであれば、他人にそのような感性を感じさせない投稿者の方々は、「語り継がれる」言葉を書き残すことはないのかもしれませんが……。
ある種の女性を最大限に侮辱する言葉に、Native Born BitXX という表現がありますが、男性であれば、さながら Native Born Son of a Bitxx といったところでしょうか。生まれながらに骨の髄まで、ということなら、もう救いようがないのかもしれない……。
小生にこのような印象を与えた投稿者の方たちの中で、もし、上記のような指摘に多少とも「びくり」とするところがあるなら、自分自身のあるがままの姿を観察し直されたほうがいいと思う。
私は、人は変わるものだと信じている。「修業」の後に男子が驚くほど見違えるという意味の日本の言葉がありましたが、例えば投獄時のドストエフスキーのように、沈黙の何年間かといった、「生活」と真正面に向き合う時間の中から、人の心に残っていく言葉が生まれるということも、十分に信じられる話しだと思います。
他人様の人柄、というか、感性の健全さ(深さが伴っていなければ意味のないこと)に、素直に感心させられたことは、四十年の歳月の中では、それほど多くはありませんでした。アドベンチャーさんの投稿を拝見すると、その
これは メッセージ 5003 (adventureoftheultraworld さん)への返信です.
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