それを言ったらパレスチナの議長は
投稿者: adventureoftheultraworld 投稿日時: 2003/04/27 18:25 投稿番号: [5001 / 20008]
腹話術お疲れ様です。
アリエル・シャロンについては
そこらじゅうに資料あるだろうが、
そのなかでもおそらく一番奇妙なものを持ってきたみたいね。
>1982年、当時国防相であったシャロンは、
>レバノンの極右民兵ファランヘのエスコートをもって、ベイルートの
>SabraとShatilla難民キャンプを海、空、陸から攻撃した。
これは逆。
正しくは「ファランヘの攻撃をイスラエル軍がサポート。」
つまり、キャンプを取り囲んだのはイスラエル軍。
なかに入って虐殺やった下手人はファランヘ。
当然キャンプを囲んだIDFは、なかで何が起きているのかを知ってたはずで
その点でIDFとシャロンには間接責任があることは間違いない。
実際、その責任を問われてシャロンは辞任している。
ただ、よーく考えてほしいのは、
「下手人はファランヘ=レバノン人=アラブ人」だったってこと。
なぜ、アラブ人がアラブ人を虐殺したのか、
その難民キャンプがどうして攻撃受けたのか、
アラファトはレバノンでなにをやっていたのか、
少し考えてみな。
>その時のパレスチナ人の死者は17,000人に上った。
サブラ・シャティーラの虐殺の犠牲者数はここまで多くない。
2千人〜5千人が通説。お忘れなく。
さて、シャロンがテロリストだってことはよくわかったから、
では、アラファトとテロの関わりについて
1960年代に遡って考えてみないかい?
これは メッセージ 5000 (abcxyz_5555 さん)への返信です.
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