エルサレム旧市街は人類共通の遺産
投稿者: GiantPanda311 投稿日時: 2003/03/25 18:25 投稿番号: [4921 / 20008]
ユダヤ人がパレスチナに戻ってきたとき、まず最初に住みたかったのはエルサレムである。ところがそこにはすでにパレスチナ人が住んでいたから、ユダヤ人は旧市街の西側のでこぼこした丘に住まざるをえなかった。ここは現在、新市街と呼ばれているが、由緒ある遺跡も教会も何もないただの郊外にすぎない。ここが長年イスラエルの首都とされてきた所である。
これに対してパレスチナ人の住む旧市街こそが本物のエルサレムであり、遺跡や教会も多い。古代ユダヤの神殿の丘は旧市街の東側にあるし、オリーブ山はさらにその東にそびえている。
アラファト議長はこの旧市街をパレスチナの首都にすると言って譲らないわけだが、イスラエルでは労働党のミツナ党首でも、それだけはのめない話だとしている。
エルサレム旧市街はユダヤ・キリスト・イスラム教徒共通の聖地であり、国際管理しか道はないといえよう。しかも、イスラム教徒にとってはエルサレムはメッカ、メディナに次ぐ第三の聖地にすぎないが、ユダヤ・キリスト教徒にとっては、第一の聖地なのである。パレスチナの首都はイスラエルと同様、郊外に新市街を作るのがよい。
ところで、実は労働党のバラク政権時代、和平交渉はかなり突っ込んだところまで話し合われており、イスラエル建国時にユダヤ人地域から離れていったパレスチナ難民の財産を補償しようという話まででていたのである。ところがアラファト議長が財産の補償ではなく、パレスチナ難民が元の住居に戻って住みたいと言い張り、同時にエルサレム旧市街をパレスチナの首都にするといってきかなかったために、交渉が決裂してしまった。
これは残念なことであるが、今思い起こすと、財産の補償の話まででるなど、かなりいい線までいっていたわけで、今後の展開に希望がもてるものだ。
これは メッセージ 4917 (GiantPanda311 さん)への返信です.
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