イスラエル/パレスチナ和平

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続:<争いの始めから、建国辺りまで>

投稿者: sascom007 投稿日時: 2003/01/18 11:48 投稿番号: [4743 / 20008]
「アラブ大反乱」(1936〜1938)に、ほとほと手を焼いたイギリスは、1939年5月、「マグドナルド白書」を発表。この「白書」の内容は、次のようなものでした。
「今後5年間のユダヤ人移民は、毎年1万人とする。但し、別枠としてナチスの迫害を逃れてくるユダヤ人移民を2万5000人まで認める。」

ユダヤ人はこれを見て、イギリスに対する不信感を爆発させました。といいますのも、これではその後の5年間に最大限見積もっても、7万5000人の移民しか認められないことになり、この「白書」は実質的な「バルファア宣言」の撤回と受け取ったからです。
騙されたと感じたユダヤ人は、反英闘争組織として、1909年に結成されていた「ハガナ」に結集し、さらに過激な人々は「イルグン・ツバイ・レユミ」を結成、そこから分派の「シュテルン」も生まれて、反英闘争は一気にエスカレートしていきました。

その後に、まだまだ紆余曲折はあるのですが、要するにユダヤ人、ムスリム、イギリスの三つ巴の戦いが続く中、「第二次大戦」が終わり、戦後設立された「国際連合」が「パレスチナ問題」の仲裁に乗り出し、「国連総会」での「パレスチナ分割決議案」採択ということになったわけです。
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