イスラエル/パレスチナ和平

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第1次〜第4次中東戦争の流れ

投稿者: tero_9_11 投稿日時: 2003/01/13 02:01 投稿番号: [4710 / 20008]
対するパレスチナ人・アラブ人社会は不公平な分割案を拒否、エジプト・シリアなど周辺のアラブ諸国がイスラエルに宣戦布告した。これが第一次中東戦争である。この戦いは1949年に国連の仲介で停戦となったが、結局イスラエルの建国が正式に認められ、逆に狭い地域に押し込められたパレスチナ人たちは、かつてのユダヤ人たちがそうであったように、行き場を失った迷える民族と化してしまった。
  1956年10月にはスエズ動乱が発生した。いわゆる第2次中東戦争である。これは、スエズ運河の国有化を宣言したエジプトに対して英仏が派兵、イスラエルも参戦してガザ地区とシナイ半島全域を占領した動乱である。結果的に、米ソを始めとする国際世論に押され、ティラン海峡を除いて英仏軍とイスラエル軍は撤退した。
  第3次中東戦争は、エジプトがティラン海峡を封鎖したことに端を発している。1967年6月にイスラエルは、エジプト・ヨルダン・シリア・イラクに対して航空先制攻撃を行ない、ヨルダン川西岸地区・ゴラン高原にまで占領地域を拡大、さらに第2次中東戦争で占領したものの撤退を余儀なくされたシナイ半島とガザ地区を再占領した。とくに航空戦はイスラエルの圧勝で、それがイスラエルの勝利に大きく貢献した。別名「六日間戦争」ともいう。
  第4次中東戦争は、1973年10月にエジプトがスエズ運河河岸から突如攻撃を始めたことから開始された。これはアラブ諸国が、これまでにイスラエルに奪われた土地を取り返そうと起こしたもので、別名を「10月戦争」「ラマダン戦争」「ヨム・キップル戦争」などという。スエズ運河沿いに展開していたエジプト軍は続々と運河を渡り、シナイ半島に進攻した。これに対してイスラエル軍は、戦車部隊が突出して反撃したが、濃密に配備された対戦車ミサイルで撃破された。またイスラエル空軍部隊も、これまた濃密な対空ミサイルに迎撃されて多大な損害を出した。その後体制を整え直したイスラエル軍は反撃を行ない、エジプト軍をシナイ半島から駆逐、結局アラブ諸国の失地回復は成らなかった。
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