裏切り者の家
投稿者: sevenwhitebird 投稿日時: 2002/10/30 23:39 投稿番号: [4524 / 20008]
ムハンマド(29)が、パレスチナ自治政府の治安当局に逮捕されたのは
2000年11月20日。容疑もはっきりされないままだった。
年が明けた、元旦の朝。やってきた二人の隣人が、居間にいた家族の前に
地元紙を放り出した。「これを見ろ。お宅の息子のことが載っている」
一面のトップの見出しに目を疑った。
「ムハンマドはイスラエルの協力者だった。フセイン・アバイヤト暗殺を助ける」
フセインは武装組織の地元指導者。人望があった。
乗っていた車にイスラエル軍がヘリからミサイルが撃ち込まれたのは、
ムハンマドが逮捕される10日ほど前だった。
「標的」の居場所を教え、軍事作戦や暗殺を助けるパレスチナ人の「協力者」…
服役中などにイスラエルに籠絡され、一説には数千人いるとも言われる。
ムハンマドも抵抗運動に加わり、19歳から4年間、服役したことはある。
「こんなのうそ!息子が協力者だったら、私が1番先に気づいているわ!」
村八分。嫌がらせの電話…。つらい日々の始まりだった。
フダ(ムハンマドの母)も、二女のマナール(23)も、事務の仕事を解雇された。
フダのおじたち5人は、地元紙に「もはやあの一家はわれわれの一門ではない」
との絶縁宣言を発表した。裁判は2月に行なわれた。
ムハンマドは取調べの段階での「自白」を翻し罪状を否認。
「だまされて自白しただけ」と訴えた。確かな証拠は示されない。
家族は無実を信じた。
しかし、判決は死刑だった。
フダによると、ムハンマドは「無実なんだ。再審で出られる」と楽観的だったという。
死刑執行は2002年3月14日未明。地元テレビはすぐに「子供に見せないように」
との注意付きで、処刑後の映像を放映した。
どこかの道端に転がされた遺体は頭半分がなかった。
探しに行った二男サリーム(28)がやっと見つけた時、兄の亡がらには群衆がつばを吐きかけていた。
彼女の家は今も「裏切り者の家」と呼ばれている。
中日新聞掲載
テロと家族より
これは メッセージ 4521 (adventureoftheultraworld さん)への返信です.
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