『私の幸福』が撃たれた
投稿者: suiheisen2002 投稿日時: 2002/07/05 20:33 投稿番号: [4033 / 20008]
「布を、布をかけてくれ」アリック(46)はそう叫んでいた。
芝生の上に、二女リロン(19)が肌をさらして横たわっていた。
娘を運んできたのは年若い兵士だった。シャツをはぎ、治療を
始めた軍医の手は数分で止まる。血が口元にへばりついていた。
もう息はしてなかった。銃声はまだ続いていた。
犯人2人は金網を破って侵入。イスラエル軍に射殺されるまでの間、
小銃と手りゅう弾で14人にけがを負わせ、散歩中のカップルを
撃ち殺した。リロンとその恋人、だった。
8年前、がんで逝った父メルハムはポーランド生まれ。
一度か二度、「若いころ、ナチの収容所にいた」と昔話を口にしたことがある。
両親と兄、姉はそこで殺された。1948年、父は独立運動に
加わり、この国の始まりを支えた。
パレスチナは神に約束されたユダヤ人の土地。
父が、ユダヤ人が求め続けてきた安息の地ではないのか。
「入植者と呼ばないでほしい」
リロンの死後、遺品を整理していたアリックは、ノーとや教科書の
すき間にたくさんの詩を見つけた。
恋、友情、そして平和をうたう。その数、267編。
「幸福の日を与えてください」
「災いのない日が、悪いニュースのない日が来ますよう…」
ヘブライ語で「わたしの幸福」を意味するリロン。
娘の願いをかなえたい。それがアリックの願い。
今はその娘の血が染み込んだ土地。
「平和がくるのなら、出ていってもいい」という。
ただ、娘を殺したパレスチナの父親はこうテレビで言った。
「子どもはまだいる。いつでも、自爆できる」
6/29中日新聞
テロと家族より
これは メッセージ 4030 (suiheisen2002 さん)への返信です.
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