イスラエルに見た有事法制下の日本
投稿者: soffice5 投稿日時: 2002/04/21 23:01 投稿番号: [3493 / 20008]
「有事法制」などとわかりにくい表現がなされていますが、その中身は「戦時法制」にほかなりません。
仮に戦端が開かれたとき、その戦争に反対であろうと疑問を感じていようと協力せざるを得ないような状況を作り出すのが、小泉政権が私たちに突きつけている「有事法制」です。
この日本が侵略の危険にさらされたとき、侵略の危険にさらされる可能性があると判断されたとき、この「有事法制」は一人歩きをはじめます。
では、だれが「侵略の危険にさらされた、侵略の危険にさらされる可能性がある」と判断するのですか。
「有事法制」で私権が際限なく制限され、「情報公開法」の運用で言論統制やマスコミの口封じが行われたとき、私たちが窓の外に見る景色はどのように変わるのでしょう。
つり仲間が、ゴルフ仲間が突然「パレスチナの抹殺以外にない」と言い出すかもしれませんし、「最大の防御(先制攻撃)」を主張し始めるようになるかもしれません。
おそらくは「有事」の判断は、私たちが最も信頼を置いていない政治家や官僚たちによってなされるのでしょう。
この掲示板にもデマ情報の流布を楽しまれているような自称"公務員"氏が出没しますが、私たちの暮らしがこんな方たちに統制されると考えたらゾッとします。
今日のイスラエル、今のイスラエル、私はここに「有事法制」下の日本を見るような気がしてなりません。
「眠りから覚めた阪神打線」と言う表現が目に飛び込みましたが、これはけっこう。
ただ、「日本の中のシャロン的なモノ」には、永遠の眠りから覚めないで欲しいと願うばかりです。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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