シャロンが辞めても…
投稿者: adventureoftheultraworld 投稿日時: 2002/04/02 11:29 投稿番号: [2885 / 20008]
>今の悲劇的な状況を作ってしまったのは
>シャロン首相を選んでしまったイスラエルの
人たちではないかと思っていますが、
どうなんでしょうか?
>シャロン首相は超強硬派で知られていたにもかかわらず、
>イスラエルの人たちはこの人を首相に選出しました。
>この時からこういう事態になるだろうと
>予測できたはずです。
シャロン就任のいきさつについては、
彼の前に首相をやっていた、労働党のバラク時代の
和平交渉のいきさつを知っておくとよいでしょう。
穏健派と目されていたバラクは
エルサレムの分割案を含む、大幅な譲歩案(イスラエルから見て)
を持ってアラファトと交渉に望みました。
この案はイスラエル人の全面的な支持を得ていたものではありません。
バラクは自身の暗殺の可能性さえ覚悟して交渉に行ったわけです。
しかし、アラファトはこの案を拒否しました。
これについてはhoihoi氏が書いていることも
ある程度は「ごもっとも」ですが、
それ以上にイスラエル国民に衝撃を与えたのは、
アラファトはバラク案に変わる代案を全く提示しなかったことです。
つまり「NO」は言っても
「代わりにこれでど−よ」という案を提示しませんでした。
それどころか「ユダヤ教の神殿は実際にはエルサレムじゃなくて
ナブルスあたりにあったんじゃない?」
などとユダヤ人とエルサレムの歴史的感情的な絆を否定するような発言を繰り返し、
イスラエル人の神経を逆撫でしました。
そして和平交渉が行き詰まると同時にシャロンの「訪問」があり、
パレスチナのテロが始まりました。
テロで治安が悪化すると同時にイスラエル国内では
「パレスチナ人には、結局和平の意思はないのではないのか」
「テロでイスラエル人に恐怖感を与えることで
より大きな譲歩を狙っているパレスチナ人は汚い」
という世論が高まり、
「治安の専門家」を自称するシャロンに
なびいていったわけです。
また、「穏健派バラクは譲歩し過ぎて国論を分裂させた。
強硬派のシャロンなら、かえって右派に平和を説得できる」
という考えもありました。
シャロン陣営は「かつてイスラエルがエジプトとの和平をしたときに
最強硬派のメナヘム・ベギンが首相だったため、右派の抵抗を押え込めた」
という故事も引用して、「コワモテのシャロンこそが平和を可能にする」
と主張したわけです。
そしてシャロンは当選しました。
もちろんイスラエル国内にはシャロンへの反対運動はありますが
「国が戦争状態にあるなか、仲間割れは敵を利するだけ」
という声に、抑えられています。
仮に今、シャロンが辞めて「穏健派」のペレス外相あたりが首相になっても
パレスチナのテロが続く限り、
イスラエル軍は報復を続けるでしょう。
「卵が先か、鶏が先か」みたいな話になってしまいましたが
それが現状です。
私としてはパレスチナの人民を苦境に追いやり
アラブ系イスラエル人をも標的にするパレスチナのテロの停止が
状況打開のための第一歩だと思いますが…
>シャロン首相を選んでしまったイスラエルの
人たちではないかと思っていますが、
どうなんでしょうか?
>シャロン首相は超強硬派で知られていたにもかかわらず、
>イスラエルの人たちはこの人を首相に選出しました。
>この時からこういう事態になるだろうと
>予測できたはずです。
シャロン就任のいきさつについては、
彼の前に首相をやっていた、労働党のバラク時代の
和平交渉のいきさつを知っておくとよいでしょう。
穏健派と目されていたバラクは
エルサレムの分割案を含む、大幅な譲歩案(イスラエルから見て)
を持ってアラファトと交渉に望みました。
この案はイスラエル人の全面的な支持を得ていたものではありません。
バラクは自身の暗殺の可能性さえ覚悟して交渉に行ったわけです。
しかし、アラファトはこの案を拒否しました。
これについてはhoihoi氏が書いていることも
ある程度は「ごもっとも」ですが、
それ以上にイスラエル国民に衝撃を与えたのは、
アラファトはバラク案に変わる代案を全く提示しなかったことです。
つまり「NO」は言っても
「代わりにこれでど−よ」という案を提示しませんでした。
それどころか「ユダヤ教の神殿は実際にはエルサレムじゃなくて
ナブルスあたりにあったんじゃない?」
などとユダヤ人とエルサレムの歴史的感情的な絆を否定するような発言を繰り返し、
イスラエル人の神経を逆撫でしました。
そして和平交渉が行き詰まると同時にシャロンの「訪問」があり、
パレスチナのテロが始まりました。
テロで治安が悪化すると同時にイスラエル国内では
「パレスチナ人には、結局和平の意思はないのではないのか」
「テロでイスラエル人に恐怖感を与えることで
より大きな譲歩を狙っているパレスチナ人は汚い」
という世論が高まり、
「治安の専門家」を自称するシャロンに
なびいていったわけです。
また、「穏健派バラクは譲歩し過ぎて国論を分裂させた。
強硬派のシャロンなら、かえって右派に平和を説得できる」
という考えもありました。
シャロン陣営は「かつてイスラエルがエジプトとの和平をしたときに
最強硬派のメナヘム・ベギンが首相だったため、右派の抵抗を押え込めた」
という故事も引用して、「コワモテのシャロンこそが平和を可能にする」
と主張したわけです。
そしてシャロンは当選しました。
もちろんイスラエル国内にはシャロンへの反対運動はありますが
「国が戦争状態にあるなか、仲間割れは敵を利するだけ」
という声に、抑えられています。
仮に今、シャロンが辞めて「穏健派」のペレス外相あたりが首相になっても
パレスチナのテロが続く限り、
イスラエル軍は報復を続けるでしょう。
「卵が先か、鶏が先か」みたいな話になってしまいましたが
それが現状です。
私としてはパレスチナの人民を苦境に追いやり
アラブ系イスラエル人をも標的にするパレスチナのテロの停止が
状況打開のための第一歩だと思いますが…
これは メッセージ 2877 (herokusunoki さん)への返信です.
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