横レスですが、ちょっと不正確ですね
投稿者: ptrts 投稿日時: 2001/10/07 19:46 投稿番号: [1893 / 20008]
>>都合のいい国際ルールを勝手に作っておいて、イスラエルにはイギリスが二枚舌を使ったので建国させたんだよ、わかった
2枚舌、というより3枚舌ですな。結局ユダヤとの約束(バルフォア宣言)もアラブとの約束(マクマホン宣言)も守らず、基本的にフランスとのサイクス・ピコ協定に従った処理をした訳ですから・・・。
それにイスラエルはイギリスが建国させたわけではありません。
後述のとおり、第1次世界大戦後の1922年7月、国際連盟理事会で採択された国際連盟規約第22条により、パレスチナはイギリスの委任統治下に置かれたのですが、結局イギリスはパレスチナ問題の解決を放棄し、国際連合に一任することを宣言、国際連合は1947年に正式にこれを受諾しました。
パレスチナ問題を引受けた国際連合では、アメリカとソ連が共同歩調を取り、パレスチナの分割案を国連決議しました(1947年11月の国連決議第181号)。
イスラエルの独立宣言は、1948年5月14日ですが、まずアメリカがイスラエルを承認し、その僅か4日後にソ連と東欧諸国がこれに続いてイスラエルを承認しています。
つまり、イスラエルの建国は国際連合の決議によるもので(実質的にはアメリカとソ連)、イギリスは責任を放棄しています。
>ちなみに第二次世界大戦前もパレスチナのものでした
パレスチナというは地名であり、国名でも民族名でもありません。
パレスチナの地は第1次世界大戦まではオスマントルコの領土で、これが前述のとおり第1次世界大戦の結果イギリスの委任統治下に置かれ、委任統治国からの付託により国際連合がアラブとイスラエルの双方に分割することを決定したのです。
ですから、第2次世界大戦以前の状態に戻せ、というのであればパレスチナはイギリスの委任統治下に置かれることになりますし、第1次世界大戦以前に戻せというのであれば、オスマン・トルコ帝國(その承継国である現在のトルコ共和国)に帰属することになります。
(オスマントルコの前は、確かマムルーク朝で、一時期ローマ帝国の版図に含まれていたことも・・・ということで、切りがありませんな。)
これは メッセージ 1892 (oko12oko さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/a5a4a59a5ia5a8a5ka1bfa5qa5la59a5aa5jobjbf_1/1893.html