怨念の連鎖を断ち切る道は (1)
投稿者: imonoyama3 投稿日時: 2008/03/08 11:47 投稿番号: [15514 / 20008]
ガザでは150万人の一般市民が封鎖という集団懲罰を受けている。
許されない非道な非人間的な行為だ。
ガザでは僅か数日間に120人以上が殺害された。
その内40人は16歳以下の子供だ。
生後五か月、生後僅か20日の幼児の殺害された遺体も見た。
この幼児達の遺体を見て心が痛まない人間はいないだろう。
しかしエルサレムのユダヤ教神学校での銃乱射事件もまた
絶対に許されない行為だ。
この神学校が「ヨルダン川西岸の占領地にユダヤ人入植地の建設を進める
運動の指導者が多く卒業している学校として広く知られてい」たのだとしても、
だからといって殺害されてもよい理由には全くならない。
占領政策に反対し、入植活動に反対することは正当だ。
ビリン村でのように非暴力に徹し、しかも毎週毎週何年も粘り強く
闘いを続けている人々が存在していることもまた確かな事実だ。
だからイスラエルの非武装の一般市民への殺傷行為は、
占領に反対し、入植活動に反対する闘いにおける誤りだと私は考える。
しかしガザではまたしてもお祝いムードの映像を見せつけられた。
もちろんガザ住民の何%がそうなのかは分からない。
ほんの一部に過ぎないのか、かなり多数なのか、
多数派なのか、一時的に歓喜したが、その後悔い改めたのか、
私には分からない。
確かに歓喜する気持ちが理解できない訳ではない。
しかし理解できない訳ではないということと、
それを肯定することとは必ずしも同じではない。
私にはやはり絶対に肯定できない。
しかし、ではお前は一体何をやったのだと私自身が問われる。
確かにお前はガザの住民に同情している。
イスラエル軍の蛮行を非難している。
ガザ住民の苦境に同情し、一般市民への殺傷行為を非難し、
痛ましい映像に涙したのであろう。
しかしお前はぬくぬくとした絶対安全地帯から同情しているだけではないか。
お前が同情したからといって、ガザの住民の暮らしは改善されたのか。
まあNGOなどにカンパした分だけはほんの少しは役にたったかもしれないが、
そんなものは焼け石に水であり、事態の本質的解決にはならない。
お前がいくら同情したからといって、ガザ住民の悲惨な現状は
少しも改善されていない。
ならばお前の同情は自己満足以外の何なのだと。
お前が同情している間にも俺達の暮らしはより一層ひどくなっている。
俺達には俺達のやり方がある。
いや俺達自身の間でも実に様々な意見や路線の違いがある。
カッサムロケット発射に反対しているパレスチナ人も多い。
自爆テロに反対しているパレスチナ人も多い。
和平路線を支持するパレスチナ人も多い。
既存の『和平路線』は欺瞞であり、反対だが、イスラエルの
一般市民への殺傷行為も肯定できないというパレスチナ人もいる。
実に様々な意見や路線の違いがある。
それは当然のことだ。
様々な意見や路線の違いがあることは当然であり健全だ。
問題は意見や路線の違いがあることなのではなく、
それらが論争し合い、競争し合い、非暴力的に闘争し合うことだ。
また、無理に統一することもない。それは野合だ。
しかし、ある特定の闘争目標では統一行動を採ることは可能だ。
例えばガザの封鎖に反対したり、イスラエル軍の蛮行を非難することでは
統一行動は可能だ。
そういう統一行動を積み重ね、その後に統一戦線を結成することも
不可能ではない。
その闘いのただ中で相互に批判し合い、闘い全体の質を向上させつつ、
闘い全体を強化していく。
統一行動の指針としては既に「囚人文書」があるではないか。
http://www.ngy1.1st.ne.jp/~ieg/06/3/palestina-j.htm
闘争戦術としては、ビリン村でのように非暴力直接行動があるではないか。
http://jp.youtube.com/view_play_list?p=9EC1227E6DFFDDBE
私は武装闘争を否定しているのではない。
武装解除を求めているのでもない。
占領されており、侵攻も受けるのだから武装解除は求めない。
占領地の占領軍への武装抵抗は正当だと思う。
しかしガザでは事情は複雑だ。
ガザは国際法上は占領されている。
しかしガザ域内にはイスラエル軍は撤退し存在していない。
本質的には占領されているということと、
現実に占領軍は域内には存在しないということ。
これが現段階的特殊性だ。
にもかかわらずガザに占領軍を侵攻させるような軍事行動とは
一体なんなのだろう。
カッサムロケット発射は正当なレジスタンスと言えるのだろうか。
私にはそ\xA4
許されない非道な非人間的な行為だ。
ガザでは僅か数日間に120人以上が殺害された。
その内40人は16歳以下の子供だ。
生後五か月、生後僅か20日の幼児の殺害された遺体も見た。
この幼児達の遺体を見て心が痛まない人間はいないだろう。
しかしエルサレムのユダヤ教神学校での銃乱射事件もまた
絶対に許されない行為だ。
この神学校が「ヨルダン川西岸の占領地にユダヤ人入植地の建設を進める
運動の指導者が多く卒業している学校として広く知られてい」たのだとしても、
だからといって殺害されてもよい理由には全くならない。
占領政策に反対し、入植活動に反対することは正当だ。
ビリン村でのように非暴力に徹し、しかも毎週毎週何年も粘り強く
闘いを続けている人々が存在していることもまた確かな事実だ。
だからイスラエルの非武装の一般市民への殺傷行為は、
占領に反対し、入植活動に反対する闘いにおける誤りだと私は考える。
しかしガザではまたしてもお祝いムードの映像を見せつけられた。
もちろんガザ住民の何%がそうなのかは分からない。
ほんの一部に過ぎないのか、かなり多数なのか、
多数派なのか、一時的に歓喜したが、その後悔い改めたのか、
私には分からない。
確かに歓喜する気持ちが理解できない訳ではない。
しかし理解できない訳ではないということと、
それを肯定することとは必ずしも同じではない。
私にはやはり絶対に肯定できない。
しかし、ではお前は一体何をやったのだと私自身が問われる。
確かにお前はガザの住民に同情している。
イスラエル軍の蛮行を非難している。
ガザ住民の苦境に同情し、一般市民への殺傷行為を非難し、
痛ましい映像に涙したのであろう。
しかしお前はぬくぬくとした絶対安全地帯から同情しているだけではないか。
お前が同情したからといって、ガザの住民の暮らしは改善されたのか。
まあNGOなどにカンパした分だけはほんの少しは役にたったかもしれないが、
そんなものは焼け石に水であり、事態の本質的解決にはならない。
お前がいくら同情したからといって、ガザ住民の悲惨な現状は
少しも改善されていない。
ならばお前の同情は自己満足以外の何なのだと。
お前が同情している間にも俺達の暮らしはより一層ひどくなっている。
俺達には俺達のやり方がある。
いや俺達自身の間でも実に様々な意見や路線の違いがある。
カッサムロケット発射に反対しているパレスチナ人も多い。
自爆テロに反対しているパレスチナ人も多い。
和平路線を支持するパレスチナ人も多い。
既存の『和平路線』は欺瞞であり、反対だが、イスラエルの
一般市民への殺傷行為も肯定できないというパレスチナ人もいる。
実に様々な意見や路線の違いがある。
それは当然のことだ。
様々な意見や路線の違いがあることは当然であり健全だ。
問題は意見や路線の違いがあることなのではなく、
それらが論争し合い、競争し合い、非暴力的に闘争し合うことだ。
また、無理に統一することもない。それは野合だ。
しかし、ある特定の闘争目標では統一行動を採ることは可能だ。
例えばガザの封鎖に反対したり、イスラエル軍の蛮行を非難することでは
統一行動は可能だ。
そういう統一行動を積み重ね、その後に統一戦線を結成することも
不可能ではない。
その闘いのただ中で相互に批判し合い、闘い全体の質を向上させつつ、
闘い全体を強化していく。
統一行動の指針としては既に「囚人文書」があるではないか。
http://www.ngy1.1st.ne.jp/~ieg/06/3/palestina-j.htm
闘争戦術としては、ビリン村でのように非暴力直接行動があるではないか。
http://jp.youtube.com/view_play_list?p=9EC1227E6DFFDDBE
私は武装闘争を否定しているのではない。
武装解除を求めているのでもない。
占領されており、侵攻も受けるのだから武装解除は求めない。
占領地の占領軍への武装抵抗は正当だと思う。
しかしガザでは事情は複雑だ。
ガザは国際法上は占領されている。
しかしガザ域内にはイスラエル軍は撤退し存在していない。
本質的には占領されているということと、
現実に占領軍は域内には存在しないということ。
これが現段階的特殊性だ。
にもかかわらずガザに占領軍を侵攻させるような軍事行動とは
一体なんなのだろう。
カッサムロケット発射は正当なレジスタンスと言えるのだろうか。
私にはそ\xA4
これは メッセージ 15513 (imonoyama3 さん)への返信です.
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