イスラエル/パレスチナ和平

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Re: インティファーダを忘れたの?

投稿者: teisenwomotomu2 投稿日時: 2007/08/08 14:10 投稿番号: [14304 / 20008]
>シャロンの「神殿の丘」訪問は2000年9月28日だが、それ以前の7月、クリントン、アラファト、バラクの三者によって行われたキャンプ・デービット会談でオスロ合意は既に破綻している。

>この会談においてバラクは東エルサレムをパレスチナの首都として差し出すという信じられない譲歩をやってのけた。(当然、暗殺覚悟で)   しかし、この信じがたい譲歩とクリントンの猛烈な説得にも拘らず、アラファトは頑強に首を縦に振らなかった。

>このオスロ合意を「9月13日」が最終期限となっていた。シャロンの馬鹿が神殿の丘を訪問したのは履行不可能となった更に2週間後である。

>7月の破綻以降もバラクは諦めず、交渉再開に意欲を見せていた。9月25日、バラクはアラファトを私邸に招き、交渉を再開することを宣言、このように交渉再開の気運が高まりつつあったが、3日後のシャロンの行為でことごとくぶっ潰されてしまう。よって、オスロ合意が破綻させたのはシャロンであると言うのは間違いであるが、シャロンがその後の交渉再開をぶっ壊したとなればこれは正解だと言えるだろう。


  上の文章の内容が正しいとしても、オスロ合意から始まったパレスチナ和平への流れを、ぶちこわすきっかけを作った人物は、シャロン首相だと思います。


  shibh_jazirat_sinaさん、親しくもない相手に対して、平気で無礼な物言いができる人物の言葉を、どこまで信じて良いのだろうか?と思ったので、上のような書き方をさせていただきました。悪しからず。
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