イスラエル/パレスチナ和平

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Re: インティファーダを忘れたの?

投稿者: shibh_jazirat_sina 投稿日時: 2007/08/04 17:48 投稿番号: [14271 / 20008]
>オスロ合意を破壊するきっかけを作ったのは、イスラエルのシャロン前首相です。

↑アホ。この馬鹿に事実を教えたところで何の意味もないが、第三者に誤解を招くので一応突っ込んでおこう。

オスロ合意を破綻するきっかけを作ったのがシャロンと言うのは完全な間違いである。

まず、シャロンの「神殿の丘」訪問は2000年9月28日だが、それ以前の7月、クリントン、アラファト、バラクの三者によって行われたキャンプ・デービット会談でオスロ合意は既に破綻している。この会談においてバラクは東エルサレムをパレスチナの首都として差し出すという信じられない譲歩をやってのけた。(当然、暗殺覚悟で)   しかし、この信じがたい譲歩とクリントンの猛烈な説得にも拘らず、アラファトは頑強に首を縦に振らなかった。よって、ここにオスロ合意は破綻したのである。つまり、シャロンの馬鹿がオスロ合意を破綻させたくてもそれ以前に破綻しているのである。

また、このオスロ合意を「9月13日」が最終期限となっていた。シャロンの馬鹿が神殿の丘を訪問したのは履行不可能となった更に2週間後である。既に履行不能となった「合意」を破綻させることなどは不可能である。この点から見てもオスロ合意を破綻させたのがシャロンというのは完全な間違いである。

ちなみに、7月の破綻以降もバラクは諦めず、交渉再開に意欲を見せていた。9月25日、バラクはアラファトを私邸に招き、交渉を再開することを宣言、このように交渉再開の気運が高まりつつあったが、3日後のシャロンの行為でことごとくぶっ潰されてしまう。よって、オスロ合意が破綻させたのはシャロンであると言うのは間違いであるが、シャロンがその後の交渉再開をぶっ壊したとなればこれは正解だと言えるだろう。


「シャロンがオスロ合意を破壊するきっかけを作った」という珍説、自信があるなら学会で発表すれば良い。
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