ダーレット計画
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2007/05/13 18:59 投稿番号: [13317 / 20008]
>1948年4月・5月の2ヶ月間、『ハガナ』は、パレスチナの村人を村から
>追い出し、村を破壊せよとはっきり表現した作戦命令を受けていました。
そうですね。
現在では、ダーレット計画の内容も公開されていますから、
ユダヤ側の正規軍たるハガナが、このエスニック・クレンジングの
中核部隊だったことは当然です。
Plan Dalet
http://www.palestineremembered.com/Articles/General/Story1552.html
エスニック・クレンジング:民族浄化とは、ジェノサイドとは違います。
この場合、イスラエル領となる予定地内のパレスチナ人を追い出すことが
目的なのであって、殺害することが目的ではありません。
しかし、先祖伝来の地から数十万人を追い出すのに、
流血の事態にならないとは誰も考えないでしょうね。
ただ、ヤシン村の虐殺が、ダーレット計画にビルトインされていた
のかどうは、それはもはや分からないでしょうね。
ベングリオン等の当時の指導部が墓の中まで持っていってしまったのですから。
ヤシン村虐殺を、中央指導部がビルトインしていたのか、
イルグンによる暴発事件だったのか、それは証明のしようがありませんね。
しかし、ハガナは、ヤシン村虐殺事件でパニックに陥っていた
パレスチナ人を叩き出す有効な手段として活用しました。
http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/5614/is8.html
ヨセファの現在の夫シモニエルは、かつてパレスチナ人とユダヤ人の
二民族共存を夢見ていた一人だった。
しかし一九四八年にパレスチナ人が続々と逃亡していくのを見て、
これでいいのだ、仕方がないのだ、と考えるようになったという。
この頃はナチスの強制収容所が解放されていたものの、
ユダヤ人は行き場がなくて収容所に留まっていた。
彼はこれらの人々を迎えるために、目の前で家を失っていく人々のことに
目をつぶることにしたのである。
こうした経過をたどったユダヤ人は、意外に多い。
この人々は次に、パレスチナ人の土地の没収も仕方ない、と思うようになる。
エルサレムの併合にも賛成する。そして右傾化が果てしなく進行する。
(広河隆一「パレスチナ」岩波新書)
パレスチナ人に、アラブ軍の作戦が終るまで自分の村を離れろと
「退避命令」を放送したから、パレスチナ人が村を出たというものである。
責任はパレスチナ人側にあり、ユダヤ人側にはないというわけだ。
BBCや米政府が、当時のパレスチナにおける放送をすべて傍受し録音していたが
それを調べた人々はそのような放送の記録を見つけることができなかった。
イスラエルもこの証拠を提出することができていない。
その反対に、パレスチナ人に村に留まるように呼びかけた
アラブ側の放送の記録は多数ある。
>追い出し、村を破壊せよとはっきり表現した作戦命令を受けていました。
そうですね。
現在では、ダーレット計画の内容も公開されていますから、
ユダヤ側の正規軍たるハガナが、このエスニック・クレンジングの
中核部隊だったことは当然です。
Plan Dalet
http://www.palestineremembered.com/Articles/General/Story1552.html
エスニック・クレンジング:民族浄化とは、ジェノサイドとは違います。
この場合、イスラエル領となる予定地内のパレスチナ人を追い出すことが
目的なのであって、殺害することが目的ではありません。
しかし、先祖伝来の地から数十万人を追い出すのに、
流血の事態にならないとは誰も考えないでしょうね。
ただ、ヤシン村の虐殺が、ダーレット計画にビルトインされていた
のかどうは、それはもはや分からないでしょうね。
ベングリオン等の当時の指導部が墓の中まで持っていってしまったのですから。
ヤシン村虐殺を、中央指導部がビルトインしていたのか、
イルグンによる暴発事件だったのか、それは証明のしようがありませんね。
しかし、ハガナは、ヤシン村虐殺事件でパニックに陥っていた
パレスチナ人を叩き出す有効な手段として活用しました。
http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/5614/is8.html
ヨセファの現在の夫シモニエルは、かつてパレスチナ人とユダヤ人の
二民族共存を夢見ていた一人だった。
しかし一九四八年にパレスチナ人が続々と逃亡していくのを見て、
これでいいのだ、仕方がないのだ、と考えるようになったという。
この頃はナチスの強制収容所が解放されていたものの、
ユダヤ人は行き場がなくて収容所に留まっていた。
彼はこれらの人々を迎えるために、目の前で家を失っていく人々のことに
目をつぶることにしたのである。
こうした経過をたどったユダヤ人は、意外に多い。
この人々は次に、パレスチナ人の土地の没収も仕方ない、と思うようになる。
エルサレムの併合にも賛成する。そして右傾化が果てしなく進行する。
(広河隆一「パレスチナ」岩波新書)
パレスチナ人に、アラブ軍の作戦が終るまで自分の村を離れろと
「退避命令」を放送したから、パレスチナ人が村を出たというものである。
責任はパレスチナ人側にあり、ユダヤ人側にはないというわけだ。
BBCや米政府が、当時のパレスチナにおける放送をすべて傍受し録音していたが
それを調べた人々はそのような放送の記録を見つけることができなかった。
イスラエルもこの証拠を提出することができていない。
その反対に、パレスチナ人に村に留まるように呼びかけた
アラブ側の放送の記録は多数ある。
これは メッセージ 13315 (ethno_bomb さん)への返信です.
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