『イスラエル』パレスチナ難民という原罪②
投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2007/05/11 01:52 投稿番号: [13296 / 20008]
このおぞましい『イスラエル建国神話』
そして現在でも曰く
「パレスチナって難民キャンプじゃなかったんですか」と。
一体、難民を生み出したのは誰なのだ?
どうやって生み出したのだ。
59年前に追い出された自宅の家の鍵を今でも持つ老人達の映像を観たことがある。
この老人達がどういうつもりで鍵を59年間も持っていたと思っているのだろう。
老人が亡くなれば、次世代へと次々と手渡されているのだ。
もはやそんな家など、存在していないことの方が多いのに、、、
政治的立場や思想を超えて、訴えかけるものがあると思う。
たとえ政治的立場や思想が異なっても、
このような残酷な事態に心が動かない人間など存在するのであろうか。
サイードは言う。
ユダヤ人は統制がとれ、組織的だと。
しかしパレスチナ人はバラバラで統制などとれていなかったと。
サイードは素直に相手側の優れた点と自分達の至らない面を認めている。
アラブ軍を美化するつもりなど毛頭ない。
名門ハーシミー家であるヨルダン王家は、西岸を併合し、
大ヨルダン建設を計画しているのではないかと
イラクやシリアは警戒し、お互いに疑心暗鬼であった。
イラクなどはそれを牽制する為に軍をヨルダンに派遣したという要素さえある。
そしてヨルダンとユダヤの密約は本当だったと、
現在ではほぼ確定しているように思う。
確かに、ユダヤ人はよく練られている。
(ヨルダンとの密約も含めて)
英統治が終わる前から、綿密に練られた計画を
全ユダヤ人を挙げて全力で取り組んだ。
確かに民族存亡を賭けているのだから当然といえば当然だが。
確かに背負っているものが、その時点では雲泥の差だった。
一方、パレスチナ人はといえば、
アラブ諸国が何とかしてくれるだろうとしか思っていなかった。
パレスチナの正規軍など千人ちょっとで、
ユダヤの軍は11万いたのだから、話にもならない。
つまり戦う前から勝負は決まっていたのだ。
しかし、何故戦わねばならなかったのだ。
一国家案に賛同する者も数割はいたのである。
二国家案にするにしても、共存できた筈ではないか。
パレスチナ共産党は、当然にも民族、宗教・宗派を超えて、
一国家実現を追及していた。
ソ連共産党による裏切りという問題もある。
しかし、ユダヤ国家にする為には、ユダヤ人が絶対多数派でなければならない。
イスラエル領とされた地域ですら、ユダヤ人は絶対多数ではなかったのだ。
(約50万人のユダヤ人と約40万人のパレスチナ人)
したがって、安定したユダヤ国家とする為には、
何としてもユダヤ領からパレスチナ人を追い出さねばならなかったのだ。
面積も狭いから、後の移民を受け入れる土地も確保せねばならなかった。
これこそが数十万人ものパレスチナ難民が生み出された原因である。
国連分割案には、イスラエル領とされた土地からパレスチナ人を
追い出してもよいという規定など、もちろんないのだ。
・1948年12月11日:国連決議194:難民帰還と賠償
・1948年5月11日:国連決議273:
イスラエルが「国連憲章に由来する様々な義務を、いかなる留保もなしに
受け入れ、国連に加盟されしだい、こうした義務を遵守することを約束する」
と宣言していることを認め、イスラエルの国連加盟が認められたのだ。
難民の帰還権を認め、賠償まで認めたが故にこそ国連加盟を認められたのだ。
そして現在でも曰く
「パレスチナって難民キャンプじゃなかったんですか」と。
一体、難民を生み出したのは誰なのだ?
どうやって生み出したのだ。
59年前に追い出された自宅の家の鍵を今でも持つ老人達の映像を観たことがある。
この老人達がどういうつもりで鍵を59年間も持っていたと思っているのだろう。
老人が亡くなれば、次世代へと次々と手渡されているのだ。
もはやそんな家など、存在していないことの方が多いのに、、、
政治的立場や思想を超えて、訴えかけるものがあると思う。
たとえ政治的立場や思想が異なっても、
このような残酷な事態に心が動かない人間など存在するのであろうか。
サイードは言う。
ユダヤ人は統制がとれ、組織的だと。
しかしパレスチナ人はバラバラで統制などとれていなかったと。
サイードは素直に相手側の優れた点と自分達の至らない面を認めている。
アラブ軍を美化するつもりなど毛頭ない。
名門ハーシミー家であるヨルダン王家は、西岸を併合し、
大ヨルダン建設を計画しているのではないかと
イラクやシリアは警戒し、お互いに疑心暗鬼であった。
イラクなどはそれを牽制する為に軍をヨルダンに派遣したという要素さえある。
そしてヨルダンとユダヤの密約は本当だったと、
現在ではほぼ確定しているように思う。
確かに、ユダヤ人はよく練られている。
(ヨルダンとの密約も含めて)
英統治が終わる前から、綿密に練られた計画を
全ユダヤ人を挙げて全力で取り組んだ。
確かに民族存亡を賭けているのだから当然といえば当然だが。
確かに背負っているものが、その時点では雲泥の差だった。
一方、パレスチナ人はといえば、
アラブ諸国が何とかしてくれるだろうとしか思っていなかった。
パレスチナの正規軍など千人ちょっとで、
ユダヤの軍は11万いたのだから、話にもならない。
つまり戦う前から勝負は決まっていたのだ。
しかし、何故戦わねばならなかったのだ。
一国家案に賛同する者も数割はいたのである。
二国家案にするにしても、共存できた筈ではないか。
パレスチナ共産党は、当然にも民族、宗教・宗派を超えて、
一国家実現を追及していた。
ソ連共産党による裏切りという問題もある。
しかし、ユダヤ国家にする為には、ユダヤ人が絶対多数派でなければならない。
イスラエル領とされた地域ですら、ユダヤ人は絶対多数ではなかったのだ。
(約50万人のユダヤ人と約40万人のパレスチナ人)
したがって、安定したユダヤ国家とする為には、
何としてもユダヤ領からパレスチナ人を追い出さねばならなかったのだ。
面積も狭いから、後の移民を受け入れる土地も確保せねばならなかった。
これこそが数十万人ものパレスチナ難民が生み出された原因である。
国連分割案には、イスラエル領とされた土地からパレスチナ人を
追い出してもよいという規定など、もちろんないのだ。
・1948年12月11日:国連決議194:難民帰還と賠償
・1948年5月11日:国連決議273:
イスラエルが「国連憲章に由来する様々な義務を、いかなる留保もなしに
受け入れ、国連に加盟されしだい、こうした義務を遵守することを約束する」
と宣言していることを認め、イスラエルの国連加盟が認められたのだ。
難民の帰還権を認め、賠償まで認めたが故にこそ国連加盟を認められたのだ。
これは メッセージ 13295 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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