イスラエル/パレスチナ和平

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レバノン情勢 (8/15) ③

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2006/08/17 03:42 投稿番号: [11329 / 20008]
(BBC)ORLA GUERIN記者のレポート
「夜明けとともに家路につく住民達。
破壊された光景の中、数え切れないほどの住民が帰ってきます。
住民の多くは新しい家と新しい学校が必要でしょう。
しかし最も必要なのは食べ物と水です。
私達は南へと向かう初めての大規模な援助物資配給の車列に付いて行きました。
5500人分の物資を積んでいます。
しかし出発から二時間で立ち往生してしまいました。
立ちはだかったのは一つ目の問題、紛争の傷痕です。
イスラエルが援助の為に最も好ましいルートを
破壊してしまったことが分かりました。

(HASAN SIKLAWI:UNIFIL)
『人々は私達が村に行くことを心から望んでいます。
それなのに目的地に入ることができず、私達も本当に苛立っています』

漸く戦いの前線となっていた村に向かう別の道を見つけました。
地元の住民は手を振って迎え入れてくれました。
何週間も取り残されていたのです。
ルメスというこの街では
誰もが物資を下ろすのを熱心に手伝ってくれました。
幼い子供の姿もあります。
皆慌しく物資を配給しています。
この車には医薬品や食べ物、水、小麦粉、
昨夜焼いたパンも積み込まれていました。
この街には燃料がなく、パンを焼くことさえできないからです。
燃料どころか、綺麗な水も殆どありません。
戦闘の間、この溜まり水を飲まなければならない人達もいました。
近くでセマーンさん一家に会いました。
何らかの援助と言えるようなものを25日間も受け取っていません。
電気もなく、食糧も不足しており、果物が見つかればそれを食べています。

時間をおうごとに帰還する人達が増えてきました。
道路は家財道具を乗せた家族の車で混雑しています。
ここの人達は戦後の建て直しについては、多くの経験があります」

Tyre:CLIVE MYRIE記者
「今日、ビント・ジバイルを訪れましたが、七千人が住んでいたこの街に
人が住める住居はもはや一軒も残されていないと思います。
南部に向かう車の多くには屋根にマットレスを積んでいます。
自分の家がおそらく完全に破壊されているのではないか、
その場合は外で数日間寝ることになるかもしれないと分かっているからです。
確かに短期的には厳しい状況ですが、帰還して被害状況を見て、
何ができるかを把握することの方がもっと重要だと考えているのです」


(仏F2)
「ビント・ジバイル、アラビア語で山の娘という意味のこの街は、
レバノン南部で最も美しい街の一つでしたが、80%が破壊されました。

この男性は、避難を望まず、街に残っていた
年老いた両親の遺体を自宅の前で発見しました。
爆撃で負傷した彼らは治療を受けられなかった為、五日後に死亡しました。
『彼らがヒズボラだって言うんですか。いいえ、年寄りです』
至る所に遺体の腐敗臭が漂っています。
私服ですが、将校用のトランシーバーを持ったヒズボラの男性は、
『撮影は禁止だ。ジャーナリストは駄目だ。
お前は何故外国人を連れて来たのか』
威圧的で、威嚇的なヒズボラの戦闘員達が至る所にいます」
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