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「みんな抱き合うようにして死んでいた」

投稿者: military_messaiah 投稿日時: 2006/08/05 11:10 投稿番号: [10840 / 20008]
38才のやせた建設労働者、ムハンマド・カッシム・シャルフーブは、腕の骨折とかすり傷だけですんだが、妻と5人の子どもたち、そして45人の親類縁者を失くした。「1時前後に大きな爆発音が聞こえたんだ」と言う。「それからあとのことは何も覚えていないが、気がついたとき、私は頭を壁でうち,床に倒れていた。なにも音はしなかった。しばらくの間、何も聞こえなかったが、それから、悲鳴が聞こえてきたんだ」

「私は『アッラー・アクバル(神は偉大なり)。もう大丈夫、今,助けにいくからね』と声を出した。私の顔は血で覆われていた。私はそれをふき、息子を探そうとしたが、見つけることはできなかった。私は、子どもたちを3人、助け出した。4才になる私の甥とふたりの姉妹だ。私は外へでると,助けを求め、声をあげた。駆けつけた3人の男と一緒に私は取って返した。砲撃がいたる所で行われていた。飛行機の音も聞こえた。私は疲れきっていて,ふたたび、中へ戻ることはできなかった」

イブラヒム・シャルフーブは、爆撃のあと,いとこと一緒に助けを求めにいった様子をこう説明する。「真っ暗で,しかも、あたり一面煙だらけだった。夜が明けるまでは何もできなかった」イブラヒムはいまだに、神経質そうな目で、あたりを見回しながら言う。「泣くしかできなくて,だれも助けられなかった」

爆撃があったとき、サイード・ラバーブ・ユーセフは息子をひざの上にのせていた。「10分というもの、何も見えませんでした。それから、息子が瓦礫のなか、自分のひざのうえに座っているのに気がついたのです」と彼女は振り返る。「私はほこりや瓦礫をはらい,息子を掘り出し、助けにきた人たちに手渡しました。

「手が自由だったので,自分ではい出し、それから助けにきていた2人の男と一緒に夫を探しにいきました。瓦礫のなかから夫を引きずり出しました。私は小さな娘,ザイナーブを探しましたが,とても暗いし、瓦礫に深く埋まっているようで,しかも、また攻撃されるかもしれないと思うと恐ろしくて,私は娘を残したまま外へでたのです」。サイードは息子や夫と病院に入院したが,夫は麻痺して昏睡状態が続いている。娘の安否はわからないままだ。

救助にあたる人間たちは午前中、ずっと、瓦礫の中から遺体を引き上げ続けた。一番小さな遺体は最後に出てきた。爆風により肺が押しつぶされているほか,その遺体にほとんど外傷はなかった。

「偉大な神よ」、10歳にもならない小さな男の子の身体が担架で運び出される傍らで、警官がつぶやいた。男の子の遺体は横に寝かされ,体中がほこりに覆われ,鼻と耳の回り血がこびりついていなければ,まるで眠っているかのようだった。

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