Re: 練炭考 確かに日本人の発明品でした
投稿者: bellsantes 投稿日時: 2006/12/19 00:51 投稿番号: [9720 / 73791]
>一時は、かなり輸出もされていたそうで、燃料関係の人には、昔はRentanと言えば、国際的に、どこでも通用したそうです。
今でも、これに代わる簡便で高カロリー、低コスト、長時間燃焼のものは見当たらないそうで、
JICAの国際協力案件では、『低公害練炭』と『オガライト』の製造技術研修は、インドやアフリカ等の最貧地域で大人気コースだそうです。<
>『練炭
練炭は明治元年に長崎で海軍関係者により発明され、1876年(明治9年)ごろから東京の蒸気船問屋で「角型塊炭」という名称で売られるようになった。
明治27年に海軍省の竹田少佐が、軍艦からでる黒煙対策に改良し、山口県の大峯炭山(宇部炭鉱)でとれる無煙炭を粉末化、これで練炭を作って軍艦に使用した。
これは”海軍の角炭”と呼ばれる。
練炭を一般に普及させたのは、群馬県出身の小野沢辰五郎である。
養蚕が盛んであった群馬県で、養蚕室の保温に煙が出ず火災の恐れが少ない練炭の普及に務めた。
また自ら練炭の研究を行い、木炭や薪に比べて火付きが悪く、強い臭気があることから人気が無かった練炭を、
臭いもせずマッチ一本で着火できるまで改良して、全国に練炭を普及させた。この練炭により、火付け用木炭の節約は1万数千トンにもなったともいわれる。
昭和32年10月、この功績により、小野沢辰五郎は紫授褒章を授与された。<
日本人って、何でも器用に考え出すな〜。
南北朝鮮も、どん底まで転落して、ガスも重油も灯油も電気もなくなっても(全部日本の援助で作られたものばかり)、
まだ、日本人が発明して教えたやった練炭で生きていく。
所詮、日本人なしでは何一つできない連中。
日清戦争で日本が勝った後で、独立させてやっても、維持できず、滅茶苦茶やって投げだし、日本に泣きついて・・・
36年間も何もかも面倒見てやって、自治をくれてやったのに、いとも簡単に米軍にとられ、経済助けてやっても、破産を繰り返し・・・
南北、最後に残ったのも、日本人が教えたやった練炭だけ。
これもなくなって、薪を焚くようになったら、もう終わり。ハイ、李氏朝鮮に逆戻り(笑い
これは メッセージ 9671 (may7idaho さん)への返信です.
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