誇り高い台湾人と惨めな朝鮮人の違い
投稿者: may7idaho 投稿日時: 2006/12/14 09:31 投稿番号: [9281 / 73791]
確かに、台湾住民は、『台湾民主国』を掲げ、独立を考え、日本軍に猛烈に抵抗しましたね。
竹槍、弓矢、猟銃、木砲で、時には集団で突如素手で襲う者もあり、多数が戦い、日本軍は僅か4ヶ月で、戦死者だけで280名、前線部隊も後方の輸送部隊も負傷者多数を出していますね。
当時の台湾上陸部隊は、『夜となく昼となく 払へば来り、来れば掃ふ、小戦闘に殆ど寝食の間もなく』戦わされ、消耗し、二ヶ月経たずに追加の一個師団を要請、さらに、厳重に警護されていた本陣で、御皇族の方まで襲撃を受けて負傷したほどでしたね。
それでも、数ヶ月は要所要所で、「各地の戦闘に於て常に賊の首動力と為れり」 というほど、ゲリラとなった義民軍は強かったようです。
台南にたどり着くまで半年を要したほどで、その後、児玉源太郎が和平工作をして、平定するまで、2年間にわたり、地方、山岳地では『民軍』『義軍』が激しい戦闘を繰り返していますね。
そういった戦った歴史があればこそ、日本側も台湾には一目も二目も置いた。何もかも従順で、率先し、争って、『日本人』になりたがった朝鮮人と同列では語れません。
マラリアなどに悩まされるのは、激戦だった半年を経た後の事ですから、上記のような状況を見ると、まさに、台湾側の戦い方がいかに凄まじかったが分かりますね。
一方の朝鮮は、李完用他、当時の大臣達が、高宗の愚劣さに辟易として亡国の瀬戸際にあった中、日本に泣きついて、併合してもらったという事もあり、抵抗などありはせず、そのまま、単純に日本に併合されてしまった。高宗自身も、後はもう保身の事しか頭になく、軍を解散させ、国権・領土、統治権すべてを『永久に日本に譲与する』などといって、李完用らとともに自ら日本の傘下に入った。
毎度毎度の朝鮮の事大主義的こびへつらいのようなもので一貫していて、これは、軽装で入ってきたソ連軍、米軍に対しても、まったく、同じ対応ですから、読んでいてもまったく不思議になるほどの無抵抗、国旗を引きずり降ろされ、日の丸をもう一度掲揚させられても傍観、その後星条旗を揚げても傍観、ソ連旗も傍観(大笑)。
台湾は、蒋介石軍に対しても一斉に蜂起して死力を尽くして戦った事と好対照ですね。
朝鮮の独立は、従って、日清戦争の後に、日本側が与えた『独立』一回だけという事になるでしょうね。その前の李氏朝鮮は、ずっと、『大清属国旗』を掲げて、外国まで歩いていたほどで、清に対する抵抗の『て』の字どころか、いかに中華に近い存在かを『自慢』していたほどですから、論外。
今も、旧ソ連の傀儡家系が支配する北朝鮮、戦後、米国に、やはり与えられた『独立』、といっても、当時の世界で戦い取ったものでもないので、そう言えるのかどうなのか、よく分かりませんが、そのままになった韓国・・・・
違いは明かですね、今は台湾の人達は、抵抗の歴史を誇りをもって語り、朝鮮人は捏造して『独立』を語る惨めさ。
しかし、朴正煕元大統領の文章にも何度も出てくる通り、一度も抵抗などした事もなく、惨めさがかえって際だちますね。
竹槍、弓矢、猟銃、木砲で、時には集団で突如素手で襲う者もあり、多数が戦い、日本軍は僅か4ヶ月で、戦死者だけで280名、前線部隊も後方の輸送部隊も負傷者多数を出していますね。
当時の台湾上陸部隊は、『夜となく昼となく 払へば来り、来れば掃ふ、小戦闘に殆ど寝食の間もなく』戦わされ、消耗し、二ヶ月経たずに追加の一個師団を要請、さらに、厳重に警護されていた本陣で、御皇族の方まで襲撃を受けて負傷したほどでしたね。
それでも、数ヶ月は要所要所で、「各地の戦闘に於て常に賊の首動力と為れり」 というほど、ゲリラとなった義民軍は強かったようです。
台南にたどり着くまで半年を要したほどで、その後、児玉源太郎が和平工作をして、平定するまで、2年間にわたり、地方、山岳地では『民軍』『義軍』が激しい戦闘を繰り返していますね。
そういった戦った歴史があればこそ、日本側も台湾には一目も二目も置いた。何もかも従順で、率先し、争って、『日本人』になりたがった朝鮮人と同列では語れません。
マラリアなどに悩まされるのは、激戦だった半年を経た後の事ですから、上記のような状況を見ると、まさに、台湾側の戦い方がいかに凄まじかったが分かりますね。
一方の朝鮮は、李完用他、当時の大臣達が、高宗の愚劣さに辟易として亡国の瀬戸際にあった中、日本に泣きついて、併合してもらったという事もあり、抵抗などありはせず、そのまま、単純に日本に併合されてしまった。高宗自身も、後はもう保身の事しか頭になく、軍を解散させ、国権・領土、統治権すべてを『永久に日本に譲与する』などといって、李完用らとともに自ら日本の傘下に入った。
毎度毎度の朝鮮の事大主義的こびへつらいのようなもので一貫していて、これは、軽装で入ってきたソ連軍、米軍に対しても、まったく、同じ対応ですから、読んでいてもまったく不思議になるほどの無抵抗、国旗を引きずり降ろされ、日の丸をもう一度掲揚させられても傍観、その後星条旗を揚げても傍観、ソ連旗も傍観(大笑)。
台湾は、蒋介石軍に対しても一斉に蜂起して死力を尽くして戦った事と好対照ですね。
朝鮮の独立は、従って、日清戦争の後に、日本側が与えた『独立』一回だけという事になるでしょうね。その前の李氏朝鮮は、ずっと、『大清属国旗』を掲げて、外国まで歩いていたほどで、清に対する抵抗の『て』の字どころか、いかに中華に近い存在かを『自慢』していたほどですから、論外。
今も、旧ソ連の傀儡家系が支配する北朝鮮、戦後、米国に、やはり与えられた『独立』、といっても、当時の世界で戦い取ったものでもないので、そう言えるのかどうなのか、よく分かりませんが、そのままになった韓国・・・・
違いは明かですね、今は台湾の人達は、抵抗の歴史を誇りをもって語り、朝鮮人は捏造して『独立』を語る惨めさ。
しかし、朴正煕元大統領の文章にも何度も出てくる通り、一度も抵抗などした事もなく、惨めさがかえって際だちますね。
これは メッセージ 9260 (fvnii さん)への返信です.