朝鮮通信使に見る民族性の違い5
投稿者: sada_goro 投稿日時: 2006/12/12 21:28 投稿番号: [9145 / 73791]
朝鮮通信使に見る日本と朝鮮の民族性の違い5
その他の彼の日記を抜粋してみよう(現代口語に意訳)
○ 1764年1月22日
大阪
(大阪の港)
その昔,楼船で下る王濬(おうしゅん)が益州を称えた詩があるが,ここ(大阪)に比べてみれば間違いなく見劣りするであろう
倭の十一隻の金の楼船が命を受けて迎えに来ていた・・・ その豪華絢爛さ,万古に例を見ない見事さである
(大阪)
百万軒はあると思われる家の全ては「瓦の屋根」だ
凄い
大阪の富豪の家は「朝鮮の最大の豪邸」の十倍以上の広さで,銅の屋根で,黄金の内装である
この贅沢さは異常だ
我が国の都城の内は実際は一里(朝鮮の一里は日本の十分の一つまり400m)に及ばない,一方大阪の大きさは十里(これは日本の十里をそのまま書いたものだろうつまり約40km)もあり,その全てが繁栄している
信じられない
中国の伝説に出てくる楽園(三神山の金闕銀台=天帝の住む宮殿と仙人の住むところ)とは,本当は大阪の事だった
世界に,このように素晴らしい都市が他にあるとは思えない.
我が国の都城の繁華街の一万倍の発展だ
北京を見た通訳が通信使の一行にいるが,「かの中原の壮麗さもこの地(大阪)には及ばない」と言っている
穢れた愚かな血を持つ,獣のような人間(日本人の祖先)が中国の周の時代に,この土地にやってきた
そして2000年の間,平和に繁栄し,一つの姓(つまり天皇家)を存続させている
嘆かわしく,恨めしい(朝鮮族の特有の恨み節)
(淀城の水汲み水車を見て)
その仕組みの巧妙さは見習って作りたいくらいだ(これは立派だが,朝鮮起源だなどと言われちゃぁ困る)
○ 1764年1月28日
京都
人々の富める様は大阪には及ばないが都の西から東までの距離は三里に及ぶという
惜しんで余りあることは
この豊かな金城湯池が 倭人の所有するところとなり
帝だ皇だと称し子々孫々に伝えられていることである この犬にも等しい輩を
皆ことごとく掃討し四百里六十州を
朝鮮の国土とし
朝鮮王の徳をもって
礼節の国にしたいものだ(先に文語体で書いた)
<つづく>
これは メッセージ 9144 (sada_goro さん)への返信です.
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