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ロシアの旅 (3) - 出発

投稿者: k_g_y_7_234 投稿日時: 2006/11/23 16:18 投稿番号: [7385 / 73791]
ロシアの旅 (3) - 出発

高校に入ってはじめての夏休みを迎えようとしていたとき、稽古の途中で爺に呼び出されました。「きっと夏休み中の剣友会の稽古か、近所の中学校剣道部の総体に向けた稽古日程の打ち合わせかな?」と思いながら爺の部屋に入ると、他に誰もおりません、先輩や指導者の方々もおりません。私一人だけ呼ばれたようでした。「あっ、また怒られる...」と思って思わず首をすくめると、「ロシアへ行くから、ついてきなさい」と一言。何が何だか分からないでいると、邦夫さんがきて写真とか何だとか言って、パスポートとビザの手配をするということでした。

このとき、爺は私の祖母の古くからのお友達で、その縁でこの道場で稽古させてもらっていると思っておりましたから、とても驚きました。それでも、稽古が終わって、母が入院している病院へ行く道すがら、「ああ、生まれて初めて外国へ行ける...」との思いがこみ上げ、自然と心が躍り始めたのを覚えております。

「そう、よかったわね」、母は、力のない顔に笑みを浮かべて、言ってくれました。私たちは、新幹線に乗りました。成田ではなく、新潟行きの新幹線でした。車内で私は邦夫さん相手にはしゃいでいたようですが、爺は相変わらず気むずかしそうな顔で無口でした。時折、書類に目を通してはむっつりしております。このとき、爺が空を見上げながら「虎穴に入らずんば...得ず」と言ったような独り言を聞いたような気がいたしましたが、別に気にも止めませんでした。私は「ロシアって一体どんなとこだろう、本で読んだロシアかな、それともスパイ映画に出てくるような暗くて怖いところかしら...」という期待と不安感が交錯し、始終落ち着きませんでした。

新潟空港は町のはずれにあり、バスで行きましたが、まったくの田舎空港でした。成田空港へは爺の見送りなどで何回か行きましたから、その違いに少しがっかりしました。イリューシュンでしょうか、ジャンボ機よりはるかに小さなジェット機が1機、滑走路の近くに止まっておりました。そこまで歩いて乗りました。ロシアのどこへ行くのか、何のために行くのか、爺が詳しいことを教えてくれませんでしたから、私はてっきり爺の用事についでに同行させてもらっているものと思い、まるで修学旅行気分でした。このとき、この旅が1ヵ月以上になるとは思いもしませんでした。

私たちのロシアの旅は、イルクーツクから始まりました。夜に空港に着いたのですが、タラップを降りて、ほとんど明かりのないコンクリートの上を歩き、薄暗い空港建物に入りました。そのまま数十人ほどの人の流れの後を付いて行きましたら、建物の反対側、すなわち外に出てしまったのです。あわてて荷物ということで、また建物にもどりましたが、どこで荷物を受け取るのかわかりません。

やがて、空港の人が来て、滑走路のある方へと案内してくれました。空港建物の外の壁際に荷物を山のように積んでありました。でも、暗くてよくわかりません。邦夫さんがバッグから小さな懐中電灯を取り出して、ひとつひとつ確認しながら、他のお客さんの荷物も探して、結局、私たちは一番最後に空港を出るはめになりました。厳重な入国検査を受けるのではないかと内心ひやひやしておりましたが、検査らしい検査はまったくありませんでした。

薄暗い外には、古い中型のボンネットバスが1台止まっておりました。爺が運転手にロシア語で訊くと、私たちを待っていたとのことでした。他に乗客はおりません。私はどこに連れて行かれるのかと不安でしたが、バスはやがて大きな河畔のホテルへ入りました。町は明かりも少なく、暗闇の中で死んだように静まりかえっておりました。

<続く>

直子

ではこれにて失礼する。○僧3
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