Re: 現実を直視しろ、チョン
投稿者: ahoruda333 投稿日時: 2012/10/08 11:02 投稿番号: [73139 / 73791]
ノーベル賞は、人類の科学技術に大きな貢献をした人に送られますが、ノーベル賞受賞者よりも大きな貢献をしている人も非常に多いです。
なぜならば、ノーベル賞は年3人にしか授与されず、さらに「生存していること」が条件だからです。
ニュートリノに質量があることを突き止めた日本人研究者は、確か2年前に亡くなりました。この研究者の業績は、物理学史上永遠に残るのでしょうが、ノーベル賞は授与されません。
科学者にとって、ノーベル賞を授賞することは、(科学者以外の)世界からも「評価」され「認められた」ことですから誇らしい事には違いの無いことだとは思いますが、それよりももっと嬉しいことは、
私の説が自然科学の神から信任を受けた
ということだと思います。
・・・・・誰かがこう言っていました。
「科学とは、絶対開けてはならない袋の中に何があるかを当てるゲームである」
何が入っているかは神しか知らない。人間には永遠に分からない。
その「ゲーム」に参加している科学者は、袋の外からいろいろな「実験」をし、中に何が入っているかを当てようとする・・・・これが科学の本質です。
叩いてみたら噛みつかれた・・・・もしかしたら「犬」かもしれない。
こういう仮説を立てるわけです。この仮説が正しいならば、つねってみよう。「ワン」とか「キャン」とか言うはずだ。
食べ物を袋に近づけたら、犬ならば尻尾のために袋の一部がユサユサ揺れるはずだ。
・・・・・別角度からさまざまな実験をし仮説を検証しながら、「絶対開けてはいけない袋の中味」を「推定」するのです。
そして、99.9999%の確率で袋の中味を当てれば、その分野の理論や定説が「正しい・・・と考えるのが妥当だ」と認められるわけです。
「ノーベル賞なんて嬉しくない。私の理論が正しいことは数年前に既に明確になっていた。」
益川さんがカスゴミに言った言葉です。
「・・・・んなわけないやろぉ〜?」
と一般人は思ったでしょうが、私は案外益川さんの本音だと思っています。
「私は数年前に物理学の『神』から、『キミは袋の中味を正しく当てたねっ!』と認められた。(その『神』の祝福に比べれば、人間からの祝福である)ノーベル賞など嬉しくない。」
・・・・・きっとこういうことなのでしょう。
おそらく、ニュートリノに質量があることが『科学的に確定』した時、亡くなった研究者やそのチームは、ノーベル賞を受賞する以上に嬉しかったはずです。
「経済的・技術的波及効果の高い発明」
「科学に分野に新しい『見出し』を作るような画期的な研究」
・・・・そして私的には一番カッコイイ
「物理学の根本にかかわる根本的な発見」
これらに対してノーベル賞は授与されるのでしょうが、ハッキリ言って「これができればノーベル賞確実」という研究は、ノーベル賞の対象にはなりえないということです。
「ニュートリノ天文学を開拓すればノーベル賞」
も、
「生体高分子の解析手法や同定を可能にしたらノーベル賞」
も、
「クラゲの蛍光タンパク質を研究すればノーベル賞」
も、
「宇宙の膨張が加速していることを発見すればノーベル賞」
も、誰も思わなかった。
誰も思わなかった、考えもしなかったことを、「好奇心や情熱」にのみ動かされ追求した結果、ノーベル賞が舞い降りてきたということです。
・・・・・・以上を踏まえて、
(以下続く)
なぜならば、ノーベル賞は年3人にしか授与されず、さらに「生存していること」が条件だからです。
ニュートリノに質量があることを突き止めた日本人研究者は、確か2年前に亡くなりました。この研究者の業績は、物理学史上永遠に残るのでしょうが、ノーベル賞は授与されません。
科学者にとって、ノーベル賞を授賞することは、(科学者以外の)世界からも「評価」され「認められた」ことですから誇らしい事には違いの無いことだとは思いますが、それよりももっと嬉しいことは、
私の説が自然科学の神から信任を受けた
ということだと思います。
・・・・・誰かがこう言っていました。
「科学とは、絶対開けてはならない袋の中に何があるかを当てるゲームである」
何が入っているかは神しか知らない。人間には永遠に分からない。
その「ゲーム」に参加している科学者は、袋の外からいろいろな「実験」をし、中に何が入っているかを当てようとする・・・・これが科学の本質です。
叩いてみたら噛みつかれた・・・・もしかしたら「犬」かもしれない。
こういう仮説を立てるわけです。この仮説が正しいならば、つねってみよう。「ワン」とか「キャン」とか言うはずだ。
食べ物を袋に近づけたら、犬ならば尻尾のために袋の一部がユサユサ揺れるはずだ。
・・・・・別角度からさまざまな実験をし仮説を検証しながら、「絶対開けてはいけない袋の中味」を「推定」するのです。
そして、99.9999%の確率で袋の中味を当てれば、その分野の理論や定説が「正しい・・・と考えるのが妥当だ」と認められるわけです。
「ノーベル賞なんて嬉しくない。私の理論が正しいことは数年前に既に明確になっていた。」
益川さんがカスゴミに言った言葉です。
「・・・・んなわけないやろぉ〜?」
と一般人は思ったでしょうが、私は案外益川さんの本音だと思っています。
「私は数年前に物理学の『神』から、『キミは袋の中味を正しく当てたねっ!』と認められた。(その『神』の祝福に比べれば、人間からの祝福である)ノーベル賞など嬉しくない。」
・・・・・きっとこういうことなのでしょう。
おそらく、ニュートリノに質量があることが『科学的に確定』した時、亡くなった研究者やそのチームは、ノーベル賞を受賞する以上に嬉しかったはずです。
「経済的・技術的波及効果の高い発明」
「科学に分野に新しい『見出し』を作るような画期的な研究」
・・・・そして私的には一番カッコイイ
「物理学の根本にかかわる根本的な発見」
これらに対してノーベル賞は授与されるのでしょうが、ハッキリ言って「これができればノーベル賞確実」という研究は、ノーベル賞の対象にはなりえないということです。
「ニュートリノ天文学を開拓すればノーベル賞」
も、
「生体高分子の解析手法や同定を可能にしたらノーベル賞」
も、
「クラゲの蛍光タンパク質を研究すればノーベル賞」
も、
「宇宙の膨張が加速していることを発見すればノーベル賞」
も、誰も思わなかった。
誰も思わなかった、考えもしなかったことを、「好奇心や情熱」にのみ動かされ追求した結果、ノーベル賞が舞い降りてきたということです。
・・・・・・以上を踏まえて、
(以下続く)
これは メッセージ 73137 (嫌中嫌韓嫌朝大魔王 さん)への返信です.