Re: 唐辛子は16世紀に日本から韓国に伝わっ
投稿者: pokosi2000 投稿日時: 2011/12/05 20:08 投稿番号: [71024 / 73791]
>朝鮮半島から日本にもたらされた唐辛子を、「高麗胡椒」という。
アメリカ原産の植物が、何故トンスル半島を経由するのか?
お前の根拠はこれか?トンスルを飲んでるとどれほど愚かになれるか良く分かる文章だ。
トンスラーは唐辛子を日本由来にどうしてもしたくない願望のみが根拠。
http://www.yonhapnews.co.kr/culture/2009/02/18/0906000000AKR20090218085100003.HTML
<"唐辛子、壬辰倭乱前から韓国に存在した">食品研主張..歴史.人類学界と論争予告
(ソウル=聯合ニュース)キム・ジョンス記者=韓国の辛い味を象徴する唐辛子が壬辰倭乱の時日本を通じて国内に入ってきたという通説と違い、はるかに以前から国内に唐辛子が存在して食用で使われたという記録が色々古書にあるという研究結果が出た。
特にコチュジャンに対する記録は朝鮮世宗(セジョン)と三兆の時に存在したことを見せる文献記録もあるという主張も共に提起されて学界で論議がある展望だ。
18日韓国食品研究院クォン・テヨン博士チームと韓国学中央研究員政経欄責任研究員は研究員が発刊する季刊「韓国の味.韓国魂」に掲載した唐辛子の伝来に対する研究で通説の'日本伝来説'を古文献と生物学的分析を土台に正面否認した。
クォン博士チームは"日本伝来説の核心はコロンバスが中央アメリカで'アヒ'(aji)という唐辛子をヨーロッパから持っていった後日本を通じて入ってきて我が国を経て中国、インドで再伝播されたとのことでも'アヒ'は生物学的、農耕史学(私学)的分析で見た時我が国固有の唐辛子になれない"と指摘した。
英国の大英百科事典にも唐辛子の原産地で中央アメリカの他に中国、インドも記録されていてアジア大陸、特に中国に数千年前から唐辛子があったことが分かる古文献記録が多量存在するというのがクォン博士チームの研究結果だ。
クォン博士チームは国内古文献にも壬辰倭乱以前に唐辛子の存在を知らせる文献が多数存在すると言いながらその根拠に壬辰倭乱100余年前文献の朝鮮成宗18年(1487年)の救急簡易方とチュンジョン22年(1527年)発刊された訓蒙字会を挙げた。
救急簡易方には漢字'椒'(初め)にハングルで'コ・朝'という説明が非常に鮮明に出てきてフンモンジャフェやはり'コ・朝'を明示しているということだ。
クォン博士は"歴史学界などで'椒'を唐辛子でない山椒(山草)等と解釈しているが'コ・朝'という説明がついている"と主張した。
コチュジャンやはり朝鮮世宗(セジョン)15年(1433年)発刊された郷薬集成方と三兆6年(1千460年)の食療纂要に'椒醤'(最初)という表現が出てきているとクォン博士チームは指摘した。
1670年代文献に'淳昌(スンチャン)コチュジャン(淳昌椒醤)が全国に有名だ'という表現が出てくると見た時郷約集成方とシンニョチャンニョの'椒醤'はコチュジャンであることが明らかだというのが研究チームの主張だ。
進んで研究チームは唐辛子とコチュジャンが中央アメリカでない中国にかなり以前から存在したという根拠に中国唐禅宗(850年. 新羅ムンソン王12年)時発刊された中国文献食医心鑑に鶏関連食べ物を説明して'椒醤'という表現を使っているのも発見したという点を上げた。
クォン博士は"生物学的に見た時中央アメリカと日本を通した国内唐辛子伝来説に疑問を持って15年前からこの問題を研究してきた"としながら"人類学会や食文化学会に討論を提案したし6月頃日程を定めるように計画している"と話した。
アメリカ原産の植物が、何故トンスル半島を経由するのか?
お前の根拠はこれか?トンスルを飲んでるとどれほど愚かになれるか良く分かる文章だ。
トンスラーは唐辛子を日本由来にどうしてもしたくない願望のみが根拠。
http://www.yonhapnews.co.kr/culture/2009/02/18/0906000000AKR20090218085100003.HTML
<"唐辛子、壬辰倭乱前から韓国に存在した">食品研主張..歴史.人類学界と論争予告
(ソウル=聯合ニュース)キム・ジョンス記者=韓国の辛い味を象徴する唐辛子が壬辰倭乱の時日本を通じて国内に入ってきたという通説と違い、はるかに以前から国内に唐辛子が存在して食用で使われたという記録が色々古書にあるという研究結果が出た。
特にコチュジャンに対する記録は朝鮮世宗(セジョン)と三兆の時に存在したことを見せる文献記録もあるという主張も共に提起されて学界で論議がある展望だ。
18日韓国食品研究院クォン・テヨン博士チームと韓国学中央研究員政経欄責任研究員は研究員が発刊する季刊「韓国の味.韓国魂」に掲載した唐辛子の伝来に対する研究で通説の'日本伝来説'を古文献と生物学的分析を土台に正面否認した。
クォン博士チームは"日本伝来説の核心はコロンバスが中央アメリカで'アヒ'(aji)という唐辛子をヨーロッパから持っていった後日本を通じて入ってきて我が国を経て中国、インドで再伝播されたとのことでも'アヒ'は生物学的、農耕史学(私学)的分析で見た時我が国固有の唐辛子になれない"と指摘した。
英国の大英百科事典にも唐辛子の原産地で中央アメリカの他に中国、インドも記録されていてアジア大陸、特に中国に数千年前から唐辛子があったことが分かる古文献記録が多量存在するというのがクォン博士チームの研究結果だ。
クォン博士チームは国内古文献にも壬辰倭乱以前に唐辛子の存在を知らせる文献が多数存在すると言いながらその根拠に壬辰倭乱100余年前文献の朝鮮成宗18年(1487年)の救急簡易方とチュンジョン22年(1527年)発刊された訓蒙字会を挙げた。
救急簡易方には漢字'椒'(初め)にハングルで'コ・朝'という説明が非常に鮮明に出てきてフンモンジャフェやはり'コ・朝'を明示しているということだ。
クォン博士は"歴史学界などで'椒'を唐辛子でない山椒(山草)等と解釈しているが'コ・朝'という説明がついている"と主張した。
コチュジャンやはり朝鮮世宗(セジョン)15年(1433年)発刊された郷薬集成方と三兆6年(1千460年)の食療纂要に'椒醤'(最初)という表現が出てきているとクォン博士チームは指摘した。
1670年代文献に'淳昌(スンチャン)コチュジャン(淳昌椒醤)が全国に有名だ'という表現が出てくると見た時郷約集成方とシンニョチャンニョの'椒醤'はコチュジャンであることが明らかだというのが研究チームの主張だ。
進んで研究チームは唐辛子とコチュジャンが中央アメリカでない中国にかなり以前から存在したという根拠に中国唐禅宗(850年. 新羅ムンソン王12年)時発刊された中国文献食医心鑑に鶏関連食べ物を説明して'椒醤'という表現を使っているのも発見したという点を上げた。
クォン博士は"生物学的に見た時中央アメリカと日本を通した国内唐辛子伝来説に疑問を持って15年前からこの問題を研究してきた"としながら"人類学会や食文化学会に討論を提案したし6月頃日程を定めるように計画している"と話した。
これは メッセージ 71023 (topics_jk さん)への返信です.