Re: 昨日のETV特集
投稿者: romsendesuga_11_11_11 投稿日時: 2009/12/05 08:26 投稿番号: [61571 / 73791]
やれやれまだ続けるの?
段々相手するの飽きて来てるんだけど?
君はサンドバック状態でフルボッコにされている現状が把握出来ていないみたいだね。
君は既にパンチドランカー?
現に「戦闘を禁止した」の私の発言で噛み付いて来た連中は沈黙してるが、字が読めない?文章の意味が理解出来ない?君だけだよね?未だに絡み付いて来るのは。
そんな君だけど一つだけ評価に値する書き込みを発見したよ。
>小物にすら勝てない屑が喚いているな
ようやく君も自身の存在や立ち位置が理解出来始めたみたいだから、私も躾続けた甲斐が有る訳だ。
良いぞその調子でどんどん学び続けなさい。
さて、話しを逸らそうと躍起になっているが本題に戻そうか?
先ず私が2009/12/ 3 15:05 [ No.61533 / 61570 ]で
>秀吉が李舜臣との戦闘を禁じたのは何故ですか?
の質問に君が食いついたんだよね?
>ドラマは史実を忠実に再現したものですか?
戦闘を禁じたのは、秀吉が明と停戦した時のことではないかな? 2009/12/ 3 16:31 [ No.61535 / 61570 ]から始まって
>つか、マジでドラマを根拠に反論している人がいるんですけど・・・。2009/12/ 3 19:47 [ No.61544 / 61570 ]
と、キャンキャン五月蝿いので私が
海戦後の動向 [編集]
7月14日に閑山島海戦で脇坂軍の敗北を知った秀吉は積極的な艦隊出撃による海上決戦を禁止し、水陸共同による沿岸迎撃作戦への転換を指令し、武器弾薬や沿岸防備の増強を行った。この戦術転換は当時の水軍からすれば有効に機能しており、以降の李舜臣による水軍攻撃は成果が上がらなくなり被害が大きくなり出撃も減ることとなる(釜山浦海戦、熊川海戦、第二次唐項浦海戦、場門浦・永登浦海戦)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E7%A6%84%E3%83%BB%E6%85%B6%E9%95%B7%E3%81%AE%E5%BD%B9#.E6.B0.B4.E8.BB.8D.E3.81.AE.E6.88.A6.
E3.81.84と資料を掲示した。
此処までは付いて来れてますか?
にも拘らず君は
>戦闘禁止していない。
【戦闘禁止した】と言い張ったのは誰?
と言い張る
秀吉は海軍だけの戦闘を禁止したのだよ!!!
それは何故か?
李舜臣将軍が率いる朝鮮の海軍には倭国の海軍では到底歯が立たず連戦連敗状態だからで有る!!!
分かりましたか?
返事は「はい」だけで良いですよ。
これは メッセージ 61567 (aqvv2006 さん)への返信です.
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