Re: 海外メディアから見た日本マスコミの
投稿者: shinacyonnashi 投稿日時: 2009/09/09 10:32 投稿番号: [59860 / 73791]
続きです
>考えの上での隔絶した、次元の異なる内容を構文を使って表すものである
「時間とはなんであるか」という時間論は、あなたが大好きな哲学の中で議論されている形而上学の典型です この議論の中で、時間はそもそも存在するか、という議論をするのなら、「次元の異なる内容」と言ってもいいでしょう
しかし、たかだか時制が「次元が異なる」と言われると、正直引きますね
人間の素直な生活感覚から前のこと、今のこと、この先のことという感覚が生まれます 農耕民族であれば、種まきのこと、今の夏草刈のこと、先の収穫のことに相当するでしょう これが過去、現在、未来として言葉の上で表現されてきた その表現を言語学的に解釈してみると、時制というルールが抽出できるというだけの話です
言葉はこういう具体的日常から紡ぎだされてきたものであり、生活文化が違えば時制のあり方が違って当然です これは論理的か否かとは全く関係ありません
>「だろう。だろう。」の連続では、確実な計画は立てられない
いやいや、農耕民族である日本人にとって、いつ種まきをすべきかと言う確実な計画は常に大切ですよ 昔も今もね
>英文和訳では、この違いを克服できない。
>そこで、ごまかす。すると、いかにも日本人らしい考え方となる。
わけわかりませんなあ 欧米と日本では歩んできた歴史が違う、具体的日常が違う ゆえに時間の捉え方にも文化的差異があり、言語の時制のルールにも違いがある これは当然の現象ですね
だから、言葉が違えば通常の人には超えられない壁があります(この壁を客観的にみる研究者なら越えていきますが)
それを前提にして、言語を翻訳するとは、当該言語から他の言語へ、その表わす意味内容が最も近似できる表現に置き換えるということです
これは「ごまかす」ではありません 翻訳という作業そのものです
日本語に翻訳すれば、日本人になじみのある表現になるのは当然です でなければ日本人には何を言っているかわかりませんからね
そして、この現象は全ての言語間の翻訳で生じます
あなたは、私が上に述べたことではなく、英語を日本語に翻訳する過程で「ごまかす」というよからぬ操作がはいり、その結果日本人らしい「ごまかした」考え方になるという、ニュアンスをプンプンと匂わせています
意図的に日本人を貶めるという強固な意志がありますね
これでは日本と日本文化、及び他言語とのコミュニケーションを理解していない人が、日本と日本人への悪意をもってでっち上げた文章と言わざるを得ませんね。
敗戦直後には、「日本人の資質改善のため」に「英語を公用語にすべき」とか、複雑な漢字が日本人の能力を制約しているからとこじつけて「日本語のローマ字化」という、とんでもない噴飯物の議論がされた時期が合ったそうです
戦争で負け、自信を失った時期に、何でもアメリカ流が優れているとして、強者に媚び、時流に乗ることしか考えていない似非知識人が言ったことですが、間違いは明らかですね
漢字を捨て去った朝鮮で抽象的思考能力が絶滅し、学問水準が地に落ちっぱなしであることや、簡体字を広げて漢字を自ら破壊している支那の民度が一向にあがってこないことからも明らかです
あなたの言っていることは、この「英語公用語化論」と同じ薄っぺらいものに過ぎません
日本人は日本語のみで高等教育まで行い、世界的水準の学問を維持しています この現実をみましょうね
>考えの上での隔絶した、次元の異なる内容を構文を使って表すものである
「時間とはなんであるか」という時間論は、あなたが大好きな哲学の中で議論されている形而上学の典型です この議論の中で、時間はそもそも存在するか、という議論をするのなら、「次元の異なる内容」と言ってもいいでしょう
しかし、たかだか時制が「次元が異なる」と言われると、正直引きますね
人間の素直な生活感覚から前のこと、今のこと、この先のことという感覚が生まれます 農耕民族であれば、種まきのこと、今の夏草刈のこと、先の収穫のことに相当するでしょう これが過去、現在、未来として言葉の上で表現されてきた その表現を言語学的に解釈してみると、時制というルールが抽出できるというだけの話です
言葉はこういう具体的日常から紡ぎだされてきたものであり、生活文化が違えば時制のあり方が違って当然です これは論理的か否かとは全く関係ありません
>「だろう。だろう。」の連続では、確実な計画は立てられない
いやいや、農耕民族である日本人にとって、いつ種まきをすべきかと言う確実な計画は常に大切ですよ 昔も今もね
>英文和訳では、この違いを克服できない。
>そこで、ごまかす。すると、いかにも日本人らしい考え方となる。
わけわかりませんなあ 欧米と日本では歩んできた歴史が違う、具体的日常が違う ゆえに時間の捉え方にも文化的差異があり、言語の時制のルールにも違いがある これは当然の現象ですね
だから、言葉が違えば通常の人には超えられない壁があります(この壁を客観的にみる研究者なら越えていきますが)
それを前提にして、言語を翻訳するとは、当該言語から他の言語へ、その表わす意味内容が最も近似できる表現に置き換えるということです
これは「ごまかす」ではありません 翻訳という作業そのものです
日本語に翻訳すれば、日本人になじみのある表現になるのは当然です でなければ日本人には何を言っているかわかりませんからね
そして、この現象は全ての言語間の翻訳で生じます
あなたは、私が上に述べたことではなく、英語を日本語に翻訳する過程で「ごまかす」というよからぬ操作がはいり、その結果日本人らしい「ごまかした」考え方になるという、ニュアンスをプンプンと匂わせています
意図的に日本人を貶めるという強固な意志がありますね
これでは日本と日本文化、及び他言語とのコミュニケーションを理解していない人が、日本と日本人への悪意をもってでっち上げた文章と言わざるを得ませんね。
敗戦直後には、「日本人の資質改善のため」に「英語を公用語にすべき」とか、複雑な漢字が日本人の能力を制約しているからとこじつけて「日本語のローマ字化」という、とんでもない噴飯物の議論がされた時期が合ったそうです
戦争で負け、自信を失った時期に、何でもアメリカ流が優れているとして、強者に媚び、時流に乗ることしか考えていない似非知識人が言ったことですが、間違いは明らかですね
漢字を捨て去った朝鮮で抽象的思考能力が絶滅し、学問水準が地に落ちっぱなしであることや、簡体字を広げて漢字を自ら破壊している支那の民度が一向にあがってこないことからも明らかです
あなたの言っていることは、この「英語公用語化論」と同じ薄っぺらいものに過ぎません
日本人は日本語のみで高等教育まで行い、世界的水準の学問を維持しています この現実をみましょうね
これは メッセージ 59859 (shinacyonnashi さん)への返信です.