Re:柴五郎
投稿者: run_run72 投稿日時: 2009/06/14 23:07 投稿番号: [56860 / 73791]
>会津戦争は必要のない戦争だった。
>すでに松平容守公は恭順され戦う意志はなかった、これを攻撃するは薩長の私怨によるものでしかありません。
>松平容守公は孝明天皇の信頼は厚く、新撰組は誠の勤王の志士です。
私もそう思います。
本当の尊王は会津の方だったと。
>俺は坂本龍馬と孝明天皇を殺したのは薩摩の大久保ではないかと疑っている。
>それほど薩摩にとって都合の良い事件だった。
維新ものでも、岩倉と大久保(&西郷)の企みという設定のドラマが
多いように思います。
孝明天皇の御世では薩摩の芽はない。
坂本龍馬の構想では、幕府を潰せない。
>その後日本は藩閥政治の時代となり軍・内閣の要職を薩長が独占し続けた。
巷間、黒田は酒癖が悪く妻を殴り殺したとか言われていますし、
(汚職事件もありましたね)、
井上馨は盗癖があった・・・ご一新で世に出た薩長の人間にはとんでもないのもいたでしょう。
会津で、戦って、或いは自刃して死んでいった人たちが生きていれば、
子孫を残せば、もっと違った今があったかもしれない、と思います。
モラルが高く、
生き残った人で後日名を挙げた人は多いですし。
(艱難が彼らを珠にしたのかもしれませんが)
>柴五郎は北清事変での北京守備隊の司令官として活躍しました。
>アメリカ人の作った北京の50日とかいう映画では脇役でしたが。
>事実は彼が北京を守ったと言って言い功績を残しました。
おっしゃるとおりです。
確か、伊丹十三が演じていたと思いますが(見ていません)、
さすがに、柴五郎を無視するわけには、と登場させたのでしょうね。
柴五郎は列国の称賛の的だったと。しかし、自慢話は一切しなかったと。
(ある明治人のあとがきより。)
>そして彼は日本軍の占領地域では一切の略奪行為を禁止してシナ人を守りました。
>シナ人は争って日本帝国順民の名札を付けて日本媚びました。
>それに対し米英ロシアの占領地は酷いモノでした、特にロシア軍は司令官のリネウイッチ自ら略奪に参加したらしい。
>しかし、シナ人にはサムライ精神は通じなかった。
シナ人は軍隊は乱暴を働くのが当たり前であって乱暴を働かない日本を馬鹿にした。
>その後日本はシナ人のナショナリズムの標的にされました。
今も似たような状況ですね。
柴氏の講演録が東洋文庫から出ているようですので、
読んでみます。(ツンドク結果になるかも)
>俺の結論、シナ人・チョウセン人に情けは不要。
つけこまれるだけです。
どこまでも、甘えつけこむやり方には天性のものがあります。
とにかく、
「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、
われらの安全と生存を保持しようと決意した。」なんて、
寝言言ってられないような、
スンバらしい連中が近隣諸国にいるわけなんですから、
彼らの掛け値なしの正体を周知徹底することが肝要ですね。
>すでに松平容守公は恭順され戦う意志はなかった、これを攻撃するは薩長の私怨によるものでしかありません。
>松平容守公は孝明天皇の信頼は厚く、新撰組は誠の勤王の志士です。
私もそう思います。
本当の尊王は会津の方だったと。
>俺は坂本龍馬と孝明天皇を殺したのは薩摩の大久保ではないかと疑っている。
>それほど薩摩にとって都合の良い事件だった。
維新ものでも、岩倉と大久保(&西郷)の企みという設定のドラマが
多いように思います。
孝明天皇の御世では薩摩の芽はない。
坂本龍馬の構想では、幕府を潰せない。
>その後日本は藩閥政治の時代となり軍・内閣の要職を薩長が独占し続けた。
巷間、黒田は酒癖が悪く妻を殴り殺したとか言われていますし、
(汚職事件もありましたね)、
井上馨は盗癖があった・・・ご一新で世に出た薩長の人間にはとんでもないのもいたでしょう。
会津で、戦って、或いは自刃して死んでいった人たちが生きていれば、
子孫を残せば、もっと違った今があったかもしれない、と思います。
モラルが高く、
生き残った人で後日名を挙げた人は多いですし。
(艱難が彼らを珠にしたのかもしれませんが)
>柴五郎は北清事変での北京守備隊の司令官として活躍しました。
>アメリカ人の作った北京の50日とかいう映画では脇役でしたが。
>事実は彼が北京を守ったと言って言い功績を残しました。
おっしゃるとおりです。
確か、伊丹十三が演じていたと思いますが(見ていません)、
さすがに、柴五郎を無視するわけには、と登場させたのでしょうね。
柴五郎は列国の称賛の的だったと。しかし、自慢話は一切しなかったと。
(ある明治人のあとがきより。)
>そして彼は日本軍の占領地域では一切の略奪行為を禁止してシナ人を守りました。
>シナ人は争って日本帝国順民の名札を付けて日本媚びました。
>それに対し米英ロシアの占領地は酷いモノでした、特にロシア軍は司令官のリネウイッチ自ら略奪に参加したらしい。
>しかし、シナ人にはサムライ精神は通じなかった。
シナ人は軍隊は乱暴を働くのが当たり前であって乱暴を働かない日本を馬鹿にした。
>その後日本はシナ人のナショナリズムの標的にされました。
今も似たような状況ですね。
柴氏の講演録が東洋文庫から出ているようですので、
読んでみます。(ツンドク結果になるかも)
>俺の結論、シナ人・チョウセン人に情けは不要。
つけこまれるだけです。
どこまでも、甘えつけこむやり方には天性のものがあります。
とにかく、
「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、
われらの安全と生存を保持しようと決意した。」なんて、
寝言言ってられないような、
スンバらしい連中が近隣諸国にいるわけなんですから、
彼らの掛け値なしの正体を周知徹底することが肝要ですね。
これは メッセージ 56843 (pokosi2000 さん)への返信です.