Re: たかじんで憲法論議
投稿者: run_run72 投稿日時: 2009/05/11 23:20 投稿番号: [55510 / 73791]
>哲学の授業のレポートの材料にしたゼヨ♪
レポートの材料にして、本のタイトルや著者、出版社も記憶なしか(笑)
なんでだろうね。
>農民ってのは国家のため公共性を担保するのに「理由」が必要で徴兵した当初は役に立たなかったゼヨ♪
>そこに「理由」を必要とせん国のために命をかける華族や士族が登場し抜刀で切り込んで官軍が大勝利したのが西南戦争♪
>国家に身を捧げることに「理由」が必要だった農民兵士と国家に身を捧げることに「理由」を必要としない士族ぢゃ決定的に「公共心」ってのが違ったわけゼヨ♪
くどいな。
何度もいってるが、町民であろうと、農民であろうと、武士であろうと、
ほぼ同質の公共心を江戸末期にはほとんど身につけていただろうよ。
土佐屋の手代や奉公人は、土佐屋に、ロイヤリティ(忠誠心)を、
土佐村の農民は、土佐村にロイヤリティを、
土佐藩の藩士は土佐藩と藩主にロイヤリティをっつうだけのことだろ。
自分の大きな意味での利益とも結びついてるしな。
西南戦争のとき、
官軍側の兵たちは、明治政府が代表する国家がなんたるかがわかっておらず、しかも、軍人・兵とはかくあるべきものだっつうことが
骨身にしみついてなかっただけだろ。
だから、日本の国という概念、日本のおかれている状況が
教育によって周知され、
十分な教育を受けた兵たちは、
別に、硫黄島を待たずに立派な兵士になっているよな。
西南戦争が、明治10年(1877)
日清戦争が明治27年(1894)
で、日清戦争の頃はすでにこう。
「マダ沈マズヤ定遠ハ」「戦イ難クナシ果テキ」(今わのきわに、
敵の主力戦艦がどうなったのかを気にしている
三浦虎次郎三等水兵のエピソードな)
日本海海戦(1905)のときは、
宮古島の漁師がバルチック艦隊発見の報を、
電信設備のある石垣島にカヌーみたいな手漕ぎのボートを
5人で漕いで知らせてる。
当然、見つかったら危ないし、航海自体が危険だよね。
なんでこんなに、日本の兵隊(一般庶民)が国に対する忠誠心をもったか。
それは、もともと公共心があって、
武士も町人も農民もたいしたレベルの違いのないところまできているからだろ。
そこに、国家という観念が入ってきて、
自分たちのおかれている状況が明らかになる。
結局そういうことだろ。
そもそも、おまえの大好きな大久保だって、
最初は日本国に対する忠誠心なんて無かったはずだ。
お前の論でいけば、
大久保には当初十分な公共心がなかったが、
後、十分な公共心を持つに至った、ということかね。
善悪の定義についてお前に判定してもらうつもりはない。
思いやりの心(惻隠の心)から、他人をいたわる
人に迷惑をかけない、自分勝手をしない、自分の利益だけを図らないっつうのが道徳の萌芽だろうよ。
ついでに、おまえも礼つうもんをわきまえてないなあ。
読んで欲しいと思うなら少しはカキコのスタイルを考えたらよかろう。
ま、お前の勝手だがな。
>No.55231
「お父さんお母さんを大切にしましょう」「自分勝手はやめましょう」
から最終的には「滅私奉公」♪
基本的に言葉を和らげてるけど今現在の「道徳教育」(日教組は守ってないけど♪)と全くといっていいほど同じ♪
別に捏造しとらんぞ。
お前の書いてあることをそのまま書いただけ。
今現在の「道徳教育」の担い手は誰?
日教組は守っていない、と言う注釈がかっこがきであるが、
日教組は滅私奉公を教えているが守っていない、と読めるんだが。
>今現在の「道徳教育と同じ」ってのは道徳教育を全くやってなくて道徳の替わりに「人権」とか組合員らしい権利主張モノばっかやってる日教組とどーやったら一緒って意味になる?
だから驚いたの。だが、お前のカキコから直接導きだせるのは私の解釈だよ。(ニュアンスを汲んでくれとここは甘えるわけ? あれだけ罵倒した私に?)
だから、バカなことを言ってやがると、
「日教組のいう滅私奉公って連帯責任のことかい?」っつう揶揄したところ、図に乗ったお前に、母さん出べそ状態で、突っ込まれてるんだが?
滅私奉公 私を滅し、公に奉ず そんなもん
意味は明らかだろ。
あ、お受験での国語力はキミは私に及びもつくまい。
それと、警察力や軍事力が性善説を唱えるならいらない筈、
つうのはメッチャ極論(大笑)
そもそも、お前みたいな無礼な奴に答える義理ないし。
TVタックルネタで盛り上がってるににちとマズイし。
レポートの材料にして、本のタイトルや著者、出版社も記憶なしか(笑)
なんでだろうね。
>農民ってのは国家のため公共性を担保するのに「理由」が必要で徴兵した当初は役に立たなかったゼヨ♪
>そこに「理由」を必要とせん国のために命をかける華族や士族が登場し抜刀で切り込んで官軍が大勝利したのが西南戦争♪
>国家に身を捧げることに「理由」が必要だった農民兵士と国家に身を捧げることに「理由」を必要としない士族ぢゃ決定的に「公共心」ってのが違ったわけゼヨ♪
くどいな。
何度もいってるが、町民であろうと、農民であろうと、武士であろうと、
ほぼ同質の公共心を江戸末期にはほとんど身につけていただろうよ。
土佐屋の手代や奉公人は、土佐屋に、ロイヤリティ(忠誠心)を、
土佐村の農民は、土佐村にロイヤリティを、
土佐藩の藩士は土佐藩と藩主にロイヤリティをっつうだけのことだろ。
自分の大きな意味での利益とも結びついてるしな。
西南戦争のとき、
官軍側の兵たちは、明治政府が代表する国家がなんたるかがわかっておらず、しかも、軍人・兵とはかくあるべきものだっつうことが
骨身にしみついてなかっただけだろ。
だから、日本の国という概念、日本のおかれている状況が
教育によって周知され、
十分な教育を受けた兵たちは、
別に、硫黄島を待たずに立派な兵士になっているよな。
西南戦争が、明治10年(1877)
日清戦争が明治27年(1894)
で、日清戦争の頃はすでにこう。
「マダ沈マズヤ定遠ハ」「戦イ難クナシ果テキ」(今わのきわに、
敵の主力戦艦がどうなったのかを気にしている
三浦虎次郎三等水兵のエピソードな)
日本海海戦(1905)のときは、
宮古島の漁師がバルチック艦隊発見の報を、
電信設備のある石垣島にカヌーみたいな手漕ぎのボートを
5人で漕いで知らせてる。
当然、見つかったら危ないし、航海自体が危険だよね。
なんでこんなに、日本の兵隊(一般庶民)が国に対する忠誠心をもったか。
それは、もともと公共心があって、
武士も町人も農民もたいしたレベルの違いのないところまできているからだろ。
そこに、国家という観念が入ってきて、
自分たちのおかれている状況が明らかになる。
結局そういうことだろ。
そもそも、おまえの大好きな大久保だって、
最初は日本国に対する忠誠心なんて無かったはずだ。
お前の論でいけば、
大久保には当初十分な公共心がなかったが、
後、十分な公共心を持つに至った、ということかね。
善悪の定義についてお前に判定してもらうつもりはない。
思いやりの心(惻隠の心)から、他人をいたわる
人に迷惑をかけない、自分勝手をしない、自分の利益だけを図らないっつうのが道徳の萌芽だろうよ。
ついでに、おまえも礼つうもんをわきまえてないなあ。
読んで欲しいと思うなら少しはカキコのスタイルを考えたらよかろう。
ま、お前の勝手だがな。
>No.55231
「お父さんお母さんを大切にしましょう」「自分勝手はやめましょう」
から最終的には「滅私奉公」♪
基本的に言葉を和らげてるけど今現在の「道徳教育」(日教組は守ってないけど♪)と全くといっていいほど同じ♪
別に捏造しとらんぞ。
お前の書いてあることをそのまま書いただけ。
今現在の「道徳教育」の担い手は誰?
日教組は守っていない、と言う注釈がかっこがきであるが、
日教組は滅私奉公を教えているが守っていない、と読めるんだが。
>今現在の「道徳教育と同じ」ってのは道徳教育を全くやってなくて道徳の替わりに「人権」とか組合員らしい権利主張モノばっかやってる日教組とどーやったら一緒って意味になる?
だから驚いたの。だが、お前のカキコから直接導きだせるのは私の解釈だよ。(ニュアンスを汲んでくれとここは甘えるわけ? あれだけ罵倒した私に?)
だから、バカなことを言ってやがると、
「日教組のいう滅私奉公って連帯責任のことかい?」っつう揶揄したところ、図に乗ったお前に、母さん出べそ状態で、突っ込まれてるんだが?
滅私奉公 私を滅し、公に奉ず そんなもん
意味は明らかだろ。
あ、お受験での国語力はキミは私に及びもつくまい。
それと、警察力や軍事力が性善説を唱えるならいらない筈、
つうのはメッチャ極論(大笑)
そもそも、お前みたいな無礼な奴に答える義理ないし。
TVタックルネタで盛り上がってるににちとマズイし。
これは メッセージ 55477 (nakanokunogata2008 さん)への返信です.