Re: 日韓は仲が良かった?(゜o゜)
投稿者: monjujz 投稿日時: 2009/04/25 21:10 投稿番号: [54380 / 73791]
>いずれにせよ同時期に書かれた三国史記には新羅の王は日本から来たと書いてある。
解脱王、瓢公の話しですね。
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/kouen2/j2kouen3.html>>今の韓国の日本海側に、新羅という国があり、ヨノラン、セオニョという夫婦が仲良く暮らしていました。
後に日本で王様と王妃様になる2人は、韓国の古い本「三国遺事」に登場します。韓国・慶尚北道の町から岩に乗り、日本のある小国(「海を渡った神様」では出雲の国)に渡ります。米や鉄作り、機織りを伝え、人々から神様として慕われました。
延烏郎(えんうろう/ヨンオラン)
細烏女(さいうじょ/セオニョ)
>
第八阿達羅王(=新羅王第八代
阿達羅尼師今)即位四年(=157年?)丁酉(ひのと・とり)
東海の濱に延烏郎・細烏女あり、夫婦同居す。
一(ある)日、延烏、海に歸(い)き藻を採る。
忽(たちまち)一巖あり。
【一(ある)いは一魚と云う】
負いて日本に歸す。
國人これを見て曰く、「これ非常の人なり」と。
すなわち立てて王と爲す。
【日本帝記を按ずるに、前後に新羅の人を王と爲すこと無し。
これすなわち邊邑の小王にして真の王に非ざるなり】
細烏、夫の來たらざるを恠(あや)しみ、これを尋ね歸(い)く。
夫の脱ぎし鞋を見て、またその巖に上(のぼ)る。
巖、また負いて歸すること前(さき)の如し。
その國の人、驚き訝(いぶか)しみ、奏して王に獻ず。
夫婦相い會し、立てて貴妃と爲す。
この時に新羅に日・月の光無し。
日者(=日官/日を司る天文官)奏して云いしく、「日・月の精、降りて我が國に在りしが、今は日本に去る。故に斯(かく)の恠(あや)しを致す」と。
王、使を遣わし二人を求む。
延烏、曰く、「我、この國に到るは、天の然(しか)しむるなり。今、何ぞ歸らんや。然りと雖ども朕の妃が織れる細綃有り。これを以って天を祭るべし」と。
すなわちその綃を賜う。
使人、來り奏して、その言に依りてこれを祭る。
然して後、日・月、舊(もと)の如し。
その綃を御庫に藏し國の寶と爲す。
その庫を名づけて「貴妃庫」と爲す。
祭天の所を「迎日縣」または「都祈野」と名づく。
この記述だと機織は出てきますが、米作りも鉄の話しもでてこないですね。
しかも細烏女が機を織ったというのは分かりますが、逆に日本から朝鮮に伝えたと読めないことは無い。
いづれにしろ、このような神話だけで一方的な決め付けをするということ、またそういうことをする輩は信用できない存在だということだと思います。
これは メッセージ 54376 (pokosi2000 さん)への返信です.
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