Re: その時歴史が・・・
投稿者: inakanokuwanoki 投稿日時: 2009/03/19 12:45 投稿番号: [52354 / 73791]
リショウバンは反日に凝り固まっていた。
両班であるのが誇りだったらしいが、そんなことは日本人にとってどうでもいいこと。自分の無能を棚に上げ、日本を恨んでいた。
朴大統領は、両班支配の中では浮かばれない身分の出身だったせいか表面反日だった。
反日デモの後、日本製の落し物が多かった。
日本製を身に付けて出かけるのが、自慢だったらしい。
強い反日感情を利用しないと、国がまとまらない国。
韓国に支払った巨額の金に、これから日本はどうなっていくのだろうと、不安を覚えた。
確か当時の国家予算より多かったと思う。
うろ覚えですみません。
子供ながらに、大人の不安を感じていた。
ただ日本人も、内に秘めた朝鮮人への反感を持っていたと思う。
自国の女性を妾にして、ほいほいと訪韓するヒヒ爺を、韓国軍の若い兵士が、どう思ってみていただろうかと思う。
日本だって戦後、アメリカ人に身を売る日本人女性を見て、若い復員兵が怒りに身を震わせた時代があったのです。
記憶に残る事件としては、韓国に赴任したビジネスマンが、現地妻と暮らしていたが、本妻と子供を呼び寄せ、現地妻をお払い箱にした。
収入が途絶えた現地妻が、本妻を刺殺したことがあった。
本妻にしたらなぜ?と思っただろう。
国が荒れて産業が育たないときは、観光の中の売春が、国の大きな収入を占めるときがある。
韓国からタイ、フイリピン、日本のヒヒ爺の女漁りが、自分の国の若い世代に影響を及ぼさないようにと思わないのだろうか。
乞食一家のヒヒ爺の名前を見ると、虫唾が走る。
だから私は、虫かごに入れています。
日本を占領するつもりが、朝鮮戦争を勃発させ、苦しい生活は日本のせいと叩き込まないと、国はまとまらなかったと思いますよ。
これは メッセージ 52352 (and_so_on1 さん)への返信です.
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