Re: やはり、アメリカは当てに出来ない。
投稿者: noga13391jp 投稿日時: 2009/03/06 12:09 投稿番号: [51536 / 73791]
> http://www.nikkei.co.jp/news/main/20090228AT3S2801B28022009.html
> 尖閣諸島「領有権問題には立ち入らない」 米国防次官補代理
> 【北京=佐藤賢】北京を訪問中のセドニー米国防次官補代理(東アジア担当)は28日、記者団の質問に答え「尖閣諸島または釣魚島の最終的な主権の問題には立ち入らない。これは米国の一貫した立場だ」と述べ、中立の立場を示した。 (00:38)
> 自分の国は自分で守るとの毅然とした気持ちも持たず、全て相手方(仮想敵国の中国や安保条約を結んだ味方である筈のアメリカ)の善意に頼って勝手に妄想して来た結果がこのザマである。
自国に対する国防の意思を持っていない国民の悲劇ですね。
自分勝手な解釈と神頼みでは、どうにもなりませんね。我が国は、いつまで子供でいるのかな。
ウィンストン・チャーチルは、自著 <第二次世界大戦> の第3巻の <日本> の中で、我が国の発展が英米の指導によるものであることを下記のごとくに述べています。
米国と英国は、新しい日本の後見人となった。二世代も経たない間に、遠い過去以外の背景なしで、日本人はサムライの二本ざしの刀から、装甲艦と旋条を施した大砲と魚雷とマキシム・ガンへと発展した。同様な革命は工業にも起こった。中世から現代へと英国と米国の導きの下に日本の変貌は速やかであり、乱暴であつた。中国は追い越されて、大敗させられた。 、、、、(引用終り)
> 憲法の前文の中にある「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」のこの言葉がなんと虚しく響くことか。
(....., and we have determined to preserve our security and existance, trusting in the justice and faith of the peace-loving people of the world.)
意思の無い人の決意が空しいのです。
意思 (will) は未来構文 (未来時制) の内容です。だが、未来構文は日本語にはありません。
日本人には、英米人の意思に相当するものがない。だから、日本人は意思薄弱に見える。
殺す意思があれば有罪。殺意がなければ、たとえ人はその行為によって死に至るとも無罪です。だから、死刑執行人に罪はない。
責任観念が欠落している民族においては、政治責任の所在も宙に浮いています。
自己の意思の内容を明確に示すことができなければ、責任感も罪悪感も意識できません。
我が国には、自己の意思を明らかにする指導者がいない。神の意思を告げる指導者もいない。政治指導者に意思の内容を求める有権者もいない。
意思の観念がない社会では、国がひっくり返っても責任者は出なかった。とかく、この世は無責任ということか。
意思を鮮明にする必要のない当番・お役目気風の官僚に国の政治がゆだねられています。
選出された政治家には意思がないであるから、何事についても「良きに計らえ」ということになります。既成事実の追認ばかりが政治家の仕事になる。
いったん問題が起これば、受身の姿勢をとることになり、「英知をもって対処した」にはならず、「苦しい立場に立たされた」になります。
いくら実況放送・現状報告の内容を知っていても、意思がなければ現在の閉塞状態を打開する方策は見つかりません。
内容を淡々と語れば、まるで他人事のようになる。実況放送・現状報告の内容に感情を込めて語れば浪花節のようになるが、理性は表れてこない。
これが我が国に昔からある「世の中は、、、、」式発想法の限界です。あとは諦観あるのみです。
http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812
> 尖閣諸島「領有権問題には立ち入らない」 米国防次官補代理
> 【北京=佐藤賢】北京を訪問中のセドニー米国防次官補代理(東アジア担当)は28日、記者団の質問に答え「尖閣諸島または釣魚島の最終的な主権の問題には立ち入らない。これは米国の一貫した立場だ」と述べ、中立の立場を示した。 (00:38)
> 自分の国は自分で守るとの毅然とした気持ちも持たず、全て相手方(仮想敵国の中国や安保条約を結んだ味方である筈のアメリカ)の善意に頼って勝手に妄想して来た結果がこのザマである。
自国に対する国防の意思を持っていない国民の悲劇ですね。
自分勝手な解釈と神頼みでは、どうにもなりませんね。我が国は、いつまで子供でいるのかな。
ウィンストン・チャーチルは、自著 <第二次世界大戦> の第3巻の <日本> の中で、我が国の発展が英米の指導によるものであることを下記のごとくに述べています。
米国と英国は、新しい日本の後見人となった。二世代も経たない間に、遠い過去以外の背景なしで、日本人はサムライの二本ざしの刀から、装甲艦と旋条を施した大砲と魚雷とマキシム・ガンへと発展した。同様な革命は工業にも起こった。中世から現代へと英国と米国の導きの下に日本の変貌は速やかであり、乱暴であつた。中国は追い越されて、大敗させられた。 、、、、(引用終り)
> 憲法の前文の中にある「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」のこの言葉がなんと虚しく響くことか。
(....., and we have determined to preserve our security and existance, trusting in the justice and faith of the peace-loving people of the world.)
意思の無い人の決意が空しいのです。
意思 (will) は未来構文 (未来時制) の内容です。だが、未来構文は日本語にはありません。
日本人には、英米人の意思に相当するものがない。だから、日本人は意思薄弱に見える。
殺す意思があれば有罪。殺意がなければ、たとえ人はその行為によって死に至るとも無罪です。だから、死刑執行人に罪はない。
責任観念が欠落している民族においては、政治責任の所在も宙に浮いています。
自己の意思の内容を明確に示すことができなければ、責任感も罪悪感も意識できません。
我が国には、自己の意思を明らかにする指導者がいない。神の意思を告げる指導者もいない。政治指導者に意思の内容を求める有権者もいない。
意思の観念がない社会では、国がひっくり返っても責任者は出なかった。とかく、この世は無責任ということか。
意思を鮮明にする必要のない当番・お役目気風の官僚に国の政治がゆだねられています。
選出された政治家には意思がないであるから、何事についても「良きに計らえ」ということになります。既成事実の追認ばかりが政治家の仕事になる。
いったん問題が起これば、受身の姿勢をとることになり、「英知をもって対処した」にはならず、「苦しい立場に立たされた」になります。
いくら実況放送・現状報告の内容を知っていても、意思がなければ現在の閉塞状態を打開する方策は見つかりません。
内容を淡々と語れば、まるで他人事のようになる。実況放送・現状報告の内容に感情を込めて語れば浪花節のようになるが、理性は表れてこない。
これが我が国に昔からある「世の中は、、、、」式発想法の限界です。あとは諦観あるのみです。
http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812
これは メッセージ 51045 (abcdganesyappa さん)への返信です.