最近の中国の顕著な変化と、朝鮮半島
投稿者: may7idaho 投稿日時: 2006/10/27 11:42 投稿番号: [5127 / 73791]
江沢民一派が一気に追い落とされ、胡錦涛の小革命が進行中の中国ですが、どうなろうが、大した事はないので、どうでもいいか、とは思います。
しかし・・・どうも、上海市が今までの愛国教育を取りやめ、一方的な江沢民式の捏造歴史教育をやめたというのは気にかかりますね。
海外帰国組の歴史学者を中心にして、広い視野で史実に沿った教科書を作り、中国の歴史をできるだけありのまま記述すると。
さらに、幾つかの雑誌には、反日レリーフや、反日言動が姿を消し、少なくとも反日、反米一辺倒ではなくなってきた、或いは、中断していた中国訪問招請が、媚中派以外にも広く来るようになったとか・・・・・
米財務省のポールソン長官が10日間も中国に滞在し、その後、何となく、対米融和が進んでいるようにも見えます・・・(勿論、胡錦涛なんて、ただの腹黒い悪党である事に変わりはないのですが、中国人全員がそうだとも言えそうなので、これもどうでもいい)。
今週も、色々な雑誌に、江沢民一派失権との報道が出ているのですが、その中で、出色のものを一つ。
月刊文藝春秋に出た、『趙無眠』と称する『在米中国人』の長文の日中戦争の考察、、『もし日本が戦勝国であったなら』。
今、インターネットなどで最も流布され、中国の歴史関係者、政治家、学生などに広く読まれているそうです。
この趙無眠氏(台湾人ではないかとも思えます)は、反日を装いつつ、論文の中では、
日中戦争の間に、中国民衆に想像を超える大変な被害、それは、略奪、強姦などを含め・・・日本軍よりも、中国側の国民党軍、共産党軍、軍閥によるものの方が遙かに多く、規模も大きかったという事を、
多くの事例を挙げて論証しています。
また、読むと、段々分かってくるのですが、結局、どの戦線でも、日本軍と国民党軍は戦ったが、そこにはいつも共産党軍はいなかったではないか・・・・という問いかけ。
『1938年6月9日、日本軍の西進を阻むため、国軍は鄭州の東北部にある花園口で、黄河を決壊させた。
堤を破った大水は、凄まじい勢いで流出、歴史上最も悲惨な大洪水となった。分かっているだけで、3省44県・市が水没し、行方不明390万人、90万人が死亡した。
これほど大きな悲劇を起こした作戦の戦果は、どうだったのか。「憤怒の雄叫びを上げて、侵略者たちを飲み込んでしまった」と愛国歌の中で言っているような結果は得られなかった。
土肥原第14師団の一部を、3日間、足止めしただけである。
1938年11月12日、湖南省政府は、日本軍が接近したとの誤情報だけで、焦土抗戦を実行し、長沙の街に自ら火を放った。
省の警備団が街を焼く命令に従った。彼らは石油、爆薬、手榴弾を使い、門を閉じたまま焼き払った。
事前の通知はなく、住民は目覚めると同時に火の海に叩き込まれた。ほとんどが生きたまま焼かれた。
火事は三日三晩、街を焼き尽くし、千年の歴史をもつ都市を、ただのガラクタに変えた。死者は2万人とされたが、それには難民や傷病兵は含まれていない』
或いは、中国側の軍隊による、民衆への組織的な乱暴狼藉、暴行、婦女暴行がいくつも例証を挙げて、非難されています。
こういったことは、日本軍側では、戦闘終了後には見られず、各所で、民衆は日本軍についたではないか?と。
日本軍人の規律の良さにも言及しています。
さらに、満州は、中国史上、最も住みやすい国だったとも。
こういった歴史を正視するものが、いったん広がりだすと、もうとめどもなく連鎖して、実態が暴かれていくでしょうね。
これが、胡錦涛が、安倍首相に言った、歴史見直しの一環だったとすると、
地の果ての愚劣半島、特に捏造妄想大国・韓国は、今後どうするのでしょうね?
しかし・・・どうも、上海市が今までの愛国教育を取りやめ、一方的な江沢民式の捏造歴史教育をやめたというのは気にかかりますね。
海外帰国組の歴史学者を中心にして、広い視野で史実に沿った教科書を作り、中国の歴史をできるだけありのまま記述すると。
さらに、幾つかの雑誌には、反日レリーフや、反日言動が姿を消し、少なくとも反日、反米一辺倒ではなくなってきた、或いは、中断していた中国訪問招請が、媚中派以外にも広く来るようになったとか・・・・・
米財務省のポールソン長官が10日間も中国に滞在し、その後、何となく、対米融和が進んでいるようにも見えます・・・(勿論、胡錦涛なんて、ただの腹黒い悪党である事に変わりはないのですが、中国人全員がそうだとも言えそうなので、これもどうでもいい)。
今週も、色々な雑誌に、江沢民一派失権との報道が出ているのですが、その中で、出色のものを一つ。
月刊文藝春秋に出た、『趙無眠』と称する『在米中国人』の長文の日中戦争の考察、、『もし日本が戦勝国であったなら』。
今、インターネットなどで最も流布され、中国の歴史関係者、政治家、学生などに広く読まれているそうです。
この趙無眠氏(台湾人ではないかとも思えます)は、反日を装いつつ、論文の中では、
日中戦争の間に、中国民衆に想像を超える大変な被害、それは、略奪、強姦などを含め・・・日本軍よりも、中国側の国民党軍、共産党軍、軍閥によるものの方が遙かに多く、規模も大きかったという事を、
多くの事例を挙げて論証しています。
また、読むと、段々分かってくるのですが、結局、どの戦線でも、日本軍と国民党軍は戦ったが、そこにはいつも共産党軍はいなかったではないか・・・・という問いかけ。
『1938年6月9日、日本軍の西進を阻むため、国軍は鄭州の東北部にある花園口で、黄河を決壊させた。
堤を破った大水は、凄まじい勢いで流出、歴史上最も悲惨な大洪水となった。分かっているだけで、3省44県・市が水没し、行方不明390万人、90万人が死亡した。
これほど大きな悲劇を起こした作戦の戦果は、どうだったのか。「憤怒の雄叫びを上げて、侵略者たちを飲み込んでしまった」と愛国歌の中で言っているような結果は得られなかった。
土肥原第14師団の一部を、3日間、足止めしただけである。
1938年11月12日、湖南省政府は、日本軍が接近したとの誤情報だけで、焦土抗戦を実行し、長沙の街に自ら火を放った。
省の警備団が街を焼く命令に従った。彼らは石油、爆薬、手榴弾を使い、門を閉じたまま焼き払った。
事前の通知はなく、住民は目覚めると同時に火の海に叩き込まれた。ほとんどが生きたまま焼かれた。
火事は三日三晩、街を焼き尽くし、千年の歴史をもつ都市を、ただのガラクタに変えた。死者は2万人とされたが、それには難民や傷病兵は含まれていない』
或いは、中国側の軍隊による、民衆への組織的な乱暴狼藉、暴行、婦女暴行がいくつも例証を挙げて、非難されています。
こういったことは、日本軍側では、戦闘終了後には見られず、各所で、民衆は日本軍についたではないか?と。
日本軍人の規律の良さにも言及しています。
さらに、満州は、中国史上、最も住みやすい国だったとも。
こういった歴史を正視するものが、いったん広がりだすと、もうとめどもなく連鎖して、実態が暴かれていくでしょうね。
これが、胡錦涛が、安倍首相に言った、歴史見直しの一環だったとすると、
地の果ての愚劣半島、特に捏造妄想大国・韓国は、今後どうするのでしょうね?
これは メッセージ 1 (may7idaho さん)への返信です.